2011年12月30日金曜日

クリスマスの惨事(イギリス病院事情)

クリスマスの晩に、自宅でフィッシュアンドチップスを調理していて、惨事に見舞われた。

そもそも、クリスマスに魚と芋を揚げる事自体どうなの?という声も聞こえるが、こともあろうに、フライパン上で魚をひっくりかえそうとしたところ、揚げ油がはね上がり顔面に直撃。

熱い、とは感じないが、恐怖と絶望感でパニックに陥ってしまった。水道の蛇口の下に頭を突っ込んで、ひたすら流水を浴びていた。

一時間ほどして、やっぱり病院へ行こうと決意。
口のまわりから左の頬にかけて真っ赤になっている。このままシミが残ったらたまったもんじゃない。

しかし、今日はクリスマス。
随分前から国中で大々的に騒がれていた通り、公共の交通機関は全部ストップ。
タクシー会社に電話してみるも、人員配置が薄く、45分待ち。
おまけにうちの住所がデータベースに登録されていないとかで、家の前まで来てくれないという。。
融通とか臨機応変という概念はこの国には存在しないのか。
まったく考えられないまどろっこしさ。
それでも仕方なく待っていると、結局配車ができないのか、他のタクシー会社にたらいまわしにされる始末。
バスで10分くらいの最寄の救急病院がこれほど遠く感じられるとは。

そうこうしている間にも、顔はどんどん赤くヒリヒリしていく。痛みはないが、精神的な不安のほうが大きくのしかかり、1分1秒過ぎるほど、だんだん傷が深くなっていくような気がしてくる。

これはもう救急車?しかし救急車呼んだらお金かかるのか?
10万くらい請求されたらどうしよう??!
考えあぐね、もしかして...とマンションのコンシェルジェに聞いてみると、『3分でやってくる』タクシー会社の番号をくれた。
電話をすると、本当にものの5分くらいでやってきた。
いったいこのタクシー会社はこのマンションの専属なのか...? さっきまでの45分待ちはなんだったの??

ともかく無事にタクシーに乗り、10分くらいでNHSの救急病院へ。
救急、と言っても、以前一度来た時には1時間くらい待たされたので、今回もその覚悟だった。
が、意外にも、前回の人だかりが嘘のように、この日の救急ロビーはガラガラ。2〜3組しか待っていない。
クリスマスの夜に大暴れして怪我や病気で運ばれる輩はさすがにいないのか...。

受付後、間もなく呼ばれ、応急処置として患部にワセリンを塗りたくられる。
その後、医師の診察。『あらあら...』という感じの女性医師。
患部を触って、感覚があることを確認すると、とりあえず清潔にして、ワセリンを塗って保湿を忘れずにという指示。あとは勝手に治るということ。
やけどなんかしたことがないのでわからないが、こんなに放置プレイでいいのか?
薬とか出ないの??

一応、医師に観てもらい、ともかく顔は原型を留めそうということは安心材料になったものの、帰宅して、またその次の日の朝、鏡を見ると、患部は『本当に元に戻るのだろうか...』というような状態。
日本の病院だったら、もっといろいろ処置をして、薬も出るんじゃないか?
NHSの病院の対応が(日本と比べ)かなりあっさりしていることは知っていたので、不安が残る。

口コミで教えてもらったシティの日系の病院に行ってみることにした。

ここでもあまりにむごい外傷に若干引かれながらも、NHSの簡単な診察とは異なり、一応診察台に寝て患部の洗浄と保護が施され、患部を覆う保湿テープとガーゼが向こう一週間分出された。
やはり日本の病院、手厚いな… と思いながら、さらに気持ちもラクになった。

そもそもは旅行保険をもっている日本人向けの病院なので、旅行保険のない私はまるまる実費。
200ポンド以上の会計に一瞬愕然としたが、まあ安心料と思って、寒い財布と共に帰宅した。

それにしても、あの魚一尾がこんなにも高くつくとは。
でも良いこともあった。
この日を境に、自分の顔とか美容とか、外見面の美醜と改めて向き合うようになった。
イギリスに来てから、化粧品やファッションにつぎ込むお金も気力も半減どころか90%減していたので、良い刺激になったかも。

こちらが諸悪の根源のフィッシュ&チップス。結局、救急病院から帰ってきた食べた。

日系の病院で浮いた皮を剥いだおかげで外傷はだいぶ薄らいで、いくつか残る深いしみみたいなのも、そのうち消えていくんだろうなと思えるほどまで回復した。
このまま順調に消えて行ってくれますよーに。



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2011年12月16日金曜日

LSE 卒業式




12月15日にLSEの卒業式がありました。

外国の大学の卒業式と言えば、ガウンを着て帽子を被って... というイメージが先行しますが、本当にガウンを着て帽子を被るのには少々ビックリしました。
映画の中の世界だと思っていたもので。

あのガウンや帽子は、自分で買う事もできるようですが、ほとんどの学生はレンタルします。
実は私は、レンタル代がもったいない(いくらかかるのか実際ちゃんと調べていなかったのですが、勝手に100ポンド以上すると思い込んでいた)ので、前日までガウンは着ないで普通のフォーマル服で参加する予定でした。
が、卒業式の前日に卒業証書を受け取りに大学へ出向いたところ、別の学部の卒業式が行われており、見ると卒業生は一人の例外もなく全員ガウンを着ている!!

これは...一人だけ着ないで参加するのは、場違いというかむしろ哀れ...

でもガウンのオンライン予約は終わってしまったし、どうしたものか...

と、ふとガウン貸し出しカウンターを眺めると、期待通り "Last Minute Hire" の文字が。
当日申し込みで55ポンドで借りられることがわかり、ほっと一安心。
ちなみに事前に予約をすると49ポンドだったそう。

これが55ポンドのLSEガウン

LSEの卒業式は、Presentation Ceremony と呼ばれ、大学内にあるシアター(普段は劇など一般向けの演目が上演されている)で行われます。
日本風に簡単に言うと、いくつかの学部が合同で行う卒業証書授与式。
この日も、シアターは朝、昼、夕方と入れ替え制で卒業式が3回行われていた様子。
我々地理環境学部は、国際開発学部、ジェンダー研究所などと一緒の開催でした。

出席した生徒は全員壇上で名前を呼ばれ、大学の偉い人(誰だったか...)と握手をするので、20秒くらいはステージの上で脚光を浴びることができます。
さらにDistinction(優)の成績を修めた学生は、わざわざ名前と一緒に "with distinction" と添えられていました。
うちのコースは45人程度の学生のうちだいたい半分強くらいが参加していただろうか。
ヨーロッパの学生はわざわざ家族を連れて飛んできている人が多かった。
一方、アジアやアメリカはわざわざ式のためだけに戻って来る人はあまり見られなかった。


式の後にはレセプションがあり、ワインやおつまみが振る舞われました。
教授陣もうろうろしていたようだけど、あいにく私は疲れきって早々に切り上げてしまったため、どこに誰がいたのか把握できず...

LSEが終わってからも、ずっとロンドンに、LSEにすぐ行ける所にいて、しかも週に一回はLSEのスペイン語クラスに通っているため、「ああ戻ってきた!」的な感動が薄かったというか、またいつでも戻って来られる感が強くて、さほど後ろ髪引かれる気持ちがなかったのはこのためでしょうか...

しかし、学生生活が終わってしまったんだな、という実感は一気に湧いてきました。
なんだか寂しい。
もっとも、またあの勉強の日々に戻れと言われても困ってしまうけど。もしその時は、次はちゃんと真剣に考えて学部学科を選びます(苦笑)。

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2011年12月9日金曜日

Coldplay at O2


仕事の後、Waterloo から 188のバスに揺られ、終点のNorth Greenwichまで一時間強、爆睡...。


O2アリーナで Coldplay のライブに参戦。

洋楽に疎い私ですが、Coldplay は知ってますよ。
シドニーに住んでいた時分、スペイン語学校に通っていたのだが、
その教室の外でいつもバスキング(路上で演奏)している輩がいて、
その人のレパートリーに Coldplay のヒット曲が入っていたから。

だから Coldplay を聴くとオーストラリア(とそこでやっていた塵みたいな仕事)を思い出すのです。

初めてのO2。外から見ても相当大きいが、中に入ってもやっぱりデカイ。
私はあのドーム上の中全体が東京ドームみたいにスタジアムちっくになっていると思っていたら、
アリーナは真ん中の部分だけで、まわりを多数のレストランが取り囲む構成。
開演を控えどこも長蛇の列が出来ていたので、一番空いていそうな店を選んで
我々も小腹を満たしてライブに備えた。

たいして美味しくもまずくもないメキシカンの一皿。

トイレ対策にビールは軽く一杯だけ。

以前に訪れたカナダ人のファイストのライブもそうだったが、
本命の登場前に必ず前座が入る。
今回も、開場後、前座のグループの演奏が一時間以上続いた。
(この前座の女性シンガーはなかなか良かった)

Coldplay が登場したのは夜9時過ぎ。
7時半から席についている我々を横目に、わかっている客たちは、
ゆっくり9時直前に入場してきた。
ほとんどの席は8時半には埋まっていたかな。

前座終了後の場内。

この後の様子は、文章よりも写真で中継。





ヒット曲を中心にまとめられており、にわかファンや素人も楽しめる内容だった。
ハコが大きいと、盛り上がりもすごいわ。

最後におまけ。興奮冷めぬまま帰路につくファンたち。

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2011年12月8日木曜日

エセックス大学訪問


15年近く前、大学時代に一年間交換留学していたエセックス大学を、
お仕事で訪問する機会に恵まれた。

ロンドンの東の玄関、リバプールストリートから電車で一時間。
記憶の通り周囲に何もないコルチェスターの駅。
バスも出ているが、お客さんと一緒にタクシーに乗った。

大学まで約15分。次第に見覚えのある景色(大型テスコなど)と共に、
遠く丘の上に大学の敷地内に建つ6つのタワー(学生寮)が見えて来る。

率直な感想。

こんなに田舎だったっけ?

街から外れ、何もない所に突然大学があるという感じ。
こんな何もない環境で、よく1年も過ごしたな...。
もっとも当時は毎週ロンドンに遊びに出ていたものだが。

右がかつて住んでいた建物。変わっていない。

手前のモダンな建物は新しい。10年前にはなかった。
でも、この写真を撮った位置の背中にあるコインランドリーは、
昔と変わらず古く狭苦しいまま。寒い中、洗濯物を持って通ったわ。

これも以前のままの図書館。
LSE 時代は図書館に籠っていたが、当時はほとんど図書館で勉強しなかったな。
一体どうしていたんだろう。
そもそも、勉強していたんだっけ?

10年前はまだパソコンが普及していなかったので、
何箇所かあったコンピュータールームはレポートを書く学生で一杯だった。
今はもう、タワー(寮)にも当然インターネットが入っているのだろう。

仕事が終了し、ロンドンへの帰路につく頃には、もう真っ暗になっていた。
お客さんもコルチェスターの街を見てみたいと言うので、
帰りは駅までバスに乗る事にした。

昔は大学から街の中心部を抜け、駅まで20分くらいで到着していたと思うが、
現在はしっかりルートが変わって、倍ぐらい時間がかかった。
エセックス大学の学生村みたいなのが街の近くにできていて、
先述のタワーとは比べものにならないきれいなアパート群が並んでいる。
その付近には、大型のホームセンターや一般向けの集合住宅もできている。
さすがに15年前の歳月は、街のランドスケープをだいぶ変貌させるなぁ。

それでも大学ののんびり感と、コルチェスターの街のこじんまり感は、
記憶の通りだったので、若干安心した。
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