ラベル Monologue の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル Monologue の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2013年3月31日日曜日

Canary Wharf 就職一周年&ドーナツ


早いもので、夢の Canary Wharf 就職を果たしてから一年以上が経過してしまいました。

念願叶って毎日ウキウキ出社していた日々が懐かしいです。
一年経った今も、まあロンドンで生活している上で、これ以上理想的な仕事環境はないかな、という認識は変わっていません。
ただ、毎日同じ事を繰り返していると、人間心も身体も慣れきってしまうもの。
刺激的要素はすっかり薄れました。

思い返せば昨年3月に就職して以来、興奮期を越えて、現在まで燃え尽き症候群の症状が続いているように思えます。
あまりにも長い間、Canary Wharf で就職することを目標に、そこに繋がりそうなことはいろいろ手を出してあがいてきましたが、いざ達成してさあ次、と考えると、はて自分の人生で、他にたいして何も残っていないということに今更気がつきました。
この目標に直接関連がなかった(正確には、ない、と思って取捨選択で捨に追いやられた)ものたちのことです。
例えば、日本の女子たちが走りがちな趣味やおけいこごとだったり、そういったものを通してできる人脈、特別な資格やスキルの勉強など。
今思えば、興味を持つことへの興味がまったく湧き起こらなかったものたちです。
同じような理由で、大目標が片付いた後、次の目標も見えてきません。
かといって、現状で満足していない今、何か次ぎのアクションを起こさなくては打破できないし。

はて。

この一年しばしば静かに悩みました。
活路を見出せずにいることに悩みつつ、一方で、健康でそこそこ資金もあるのにどこへどう動いて良いかでうだうだと贅沢に悩んでいる自分が情けなく罪深い。

が、ようやく何となく突破口が見えてきた気がするので、まだ有言はしませんが実行に向け静かに動こうと思います。


さて、若干メンタルなつぶやきを終えたところで。
ちょうど就職一周年に差し掛かったとある金曜日、朝の通勤電車で突然思い立ったらしいボスが、ドーナツとコーヒーを買って皆に振る舞ってくれました。


しかし、その場にいたのは一人は葉っぱしか食べない摂食障害の J(これについては以前の記事でも述べた通り、何とかしてあげたいのだが、結局のところ本人の問題&症状が表に出ない&現場を押さえられないので難しい)、一人は万年ダイエット中、残る3人は喫煙でおなかいっぱいのボス本人と私とハンガリー人。
必然的に、私とハンガリー人が4つずつおいしくいただき、残りは通りすがりのラッキーな別のチームの輩が持って行きました。
24時間365日甘いもの絶賛受付中の私は、ランチ代も浮いてそれは良い一日となりました。

クリスピークリームドーナツといえば、以前ちょっと派遣で行っていた新宿の某社の前に支店がありましたが、四六時中人々が行列している印象しかありません。
日本にいた時分にも何度かいただきましたが、ダンキンドーナツを食べて育った私には、行列に並ぶ人々を横目に、いまいちその価値が理解できませんでした。
ロンドンにはそれはもうそこら中に支店があり、行列を目にした事は皆無。
浸透度だけは相当で、スーパーにもクリスピークリーム用のラックが設けられている程のユビキタスっぷり。
かつて住んでいたシドニーの会社の近くにもお店がありましたが、行列どころかいつもスカスカの印象です。
何故日本ではあんなにまで騒がれちゃったんでしょうね?

本題に戻ります。
決して食べ物に釣られているわけではないですが、日々やれアメリカ人と仕事したくない、仕事がつまらん(自分で楽なのを選んだんだが)などとぼやきつつも、仕事中にジャニーズ聴き放題(イヤホンです、もちろん)、ビジネス相手を練習台にイタリア語の練習もできて、たまにこうしてドーナツが出て来る職場、やっぱり恵まれているなあと思う。
収入や待遇、上を見ればきりがないんだろうけど、こういう日々の小さな事に幸せを感じられる心は忘れたくない。

ブログランキング・にほんブログ村へ

2013年3月11日月曜日

MasterChef The Professional


私のイギリスでの生活を語る上で不可欠なもの。それがBBC2のMasterChef UK(以下「マスターシェフ」)であります。


自宅にテレビがないので、イギリスに来てからテレビはほぼまったく視聴していないのですが(ネットで日本のロンドンハーツなどを見ている)、一昨年旅先の宿のテレビで初めてこの番組と出会いました。

日本で言うと、テレビ東京で昔やっていた「テレビチャンピオン」の、すご腕料理人決定戦みたいなテーマのイメージでしょうか。(古すぎ?)

マスターシェフにはアマチュア版とプロ版があるのですが、私がのめりこんだのはプロ版の MasterChef The Professional です。

アマチュア版も、素人とは思えないような敏腕料理人の調理技術やセンスの高さに驚かされ、十分興味をそそられます。

プロ版がさらおもしろいのは、勝ち残る参加者の技術やプレゼンテーションのレベルの高さはもちろん、一方で、「この人本当にプロ?」というような残念な作品を仕上げてしまう挑戦者もいたりするわけで(笑)。プロと名乗っていても千差万別なんだなと思い知らされます。

また、何十年もプロでやっている経験豊富なシェフがうっかりミスで自滅する一方、料理学校を出て間もない20代前半の若いシェフが圧倒的な逸品を作り上げたりと、料理は経験や技術だけではなく、センスや想像力、さらにシェフの体調やメンタル、いろいろな要素がものを言う世界なんだな、と素人ながら思い知らされる場面も多々あります。そこがまた見ていて興味深いところ。

マスターシェフはアメリカや他の国にも存在するようで、ちら見をしたことがありますが、個人的にはイギリス版がいろいろな意味で洗練されていて、見ていて気持ちが良いと思います。

例えば、一度見たアメリカ版では、一部の審査員が威圧的、挑戦者の言葉遣いが汚い、挑戦者同士の確執や批判を強調する演出が目立ったりと、料理以外の部分で毒々しい場面が際立ち苦手でした。また、スタジオのセットが暗く、30−40人の挑戦者がひしめき合っていて、窮屈な印象(あくまで個人的な感想ですが)。

イギリスのプロ版マスターシェフは、白を基調とした明るいスタジオで、一度に登場する挑戦者は最大10人。ゴミゴミ感もなく、清潔な印象です。

審査員はロンドンのミシュラン2つ星 Le Gavroche のミシェル・ルーJr、同スーシェフのモニカ・ガレッティ、そして本業は何なのかはっきりしないが、食材や料理関係のTVプレゼンターである(極度の甘党)グレッグ・ウォレス。

この3人3様のキャラが立っていて、また番組が進むにつれて彼らの挑戦者を見る視線が変化していくのを追うのもおもしろい。元来料理番組大好きなのに加え、この番組の演出が絶妙で、まんまとハマりました。


このマスターシェフプロ版の放送シーズンは、年に一度、毎年秋から年末にかけて到来。
春から秋にかけて開催&収録した大会の様子が、週4日毎日30分-1時間、6週間ぶっ通しで放送されます。

先述の通り、自宅にテレビはないものの、インターネットという文化的なものが普及する便利なご時世。
昨年の放送期間中は、夜の外出はシャットアウト、放送5分前には PC の前に着席し、準備万端で視聴に挑みました。さらにCMが入らないため、事前にトイレも済ませ、文字通り1時間釘づけになる大マジ視聴者(笑)。

第一週目。まずは予選を勝ち抜いた40人が、当初4組10人ずつに分かれて第一ラウンドが行われます。
初日の最初のテストは、インベンションテストと呼ばれる、その日に用意された7つの食材を用いて、オリジナル料理を作るというもの。

7つの食材は、だいたい肉か魚、野菜果物が数品、ブリオシュなどのパン類、クリームなどのラインナップが主流ですが、皆が肉メインでステーキやらラビオリやらを作るのに、肉は完全無視してデザートまっしぐらの挑戦者がいたりと、食材の可能性の幅広さと作り手の発想の多様性を感じさせられます。

続いて2日目はスキルテスト。これは、例えばカニをさばいて調理しソースを添える、スフレを作る、など、一定の技術を要する作業をジャッジの目の前でこなし、15分間で完成形を作り上げるというもの。
ある時は、イガイガのままのウニが出てきてフリースタイルでサーブするという課題がありました。日本人にはおなじみのウニも、外人には珍しいどころか、挑戦者のほとんどが所見で手探りの作業でした。

ここまでの審査員は、めったに笑顔を見せず鋭い視線で挑戦者の一挙一動を追うモニカと、スイーツにはめっぽう甘く、茶々入れとにぎやかしが役割と思われるグレッグ。いろいろなことをやらかしてしまう挑戦者の動きを見守る2人の顔芸が見ものでもあります。この冒頭のインベンション&スキルテストで各組2人が脱落。

3日目。ここからいよいよ、この番組のメインジャッジ、モニカの上司でLe Gavrocheのミシェル・ルーJr.氏が登場。
参加者にとっては、ここまで勝ち抜いて直接ミシェルの審判を受けるというのがひとつの目標のようです。

ミシェルが登場して初のテストはクラシックテスト。
まずは、ミシェルが指定したフレンチのクラシックディッシュを、レシピどおりに作るテストで、レシピの理解力、確実に遂行する技術、プレゼンテーションを作り上げる想像力が試されます。
初めに、ミシェル自身が別の厨房で調理し、完璧に完成させる様子が放送されます(挑戦者はそれを見ていない)。
その後、スタジオで挑戦者がそれぞれ作り、ミシェルのジャッジを受けるのですが、写真のないレシピをそれぞれが解釈して作るので、完成品はまあ多種多様。

続いて挑戦者は、自分自身が選んだクラシックディッシュを自分のレシピで調理。ミシェルと、さらにグレッグが食べてコメントします。

この辺から気になってくるのが、この2人の審査における無視できないバイアスでしょうか。
ミシェルはフレンチ専門なので、当然のことながら、正当派フレンチをきっちり仕上げてきた挑戦者の評価が高い。同じクラシックでも、英国料理や、まして和食の懐石なんかやっても、いくら完成度が高くてもフレンチほどの評価は受けられないでしょう。

そしてグレッグ。この男はスイーツに目がない。たとえメインディッシュがいまいちでも、パンチの効いたデザートを一発持ってくれば評価が一気に上がり、逆もしかり。
まあ、挑戦者側もその辺りは把握していて、ジャッジの嗜好も当然戦略に組み込んで挑むのでしょうが。
この2つのクラシックテストで、各組8人→4人まで絞られます。


4日目。クラシックテストを勝ち抜いた各組4名が次に挑むのは、レストラン評論家のために料理するテストです。

イギリスの著名なレストラン評論家3名が、挑戦者の作る2皿(メインとデザート、または前菜とメイン)を食し、大体の場合ぼろくそに批評します。
ただし、挑戦者の目前で厳しくコメントするというわけではなく、あくまで3人がテーブル上でコメントするので、挑戦者が酷評されて取り乱すなんてことはありません。
しかし、このテストは挑戦者にとっては精神的にかなり厳しいようで、皆自分のサービスが終わるとぐったり、精根尽き果てた状態のようです。

準備中も緊張でナーバスになったりテンパリまくる挑戦者を、ミシェルとグレッグが励ますのですが、このへんまでくるとこのジャッジ2人もすっかり挑戦者の身内。情が移っているのが伝わってきます(笑)。

この評論家テストで、各組4名は準々決勝に進出する2名に絞られます。

ここまでの過程を、各グループ4夜連続、一週間で放送します。4組すべて放送し、準々決勝進出者8名が出揃い顔を合わせるのが5週目。
1週目のグループからの進出者については、5週目にはすっかり懐かしい顔になってしまっていますが、4夜連続で見届けた記憶があるので、なんとなく「おお、また会えたね!」的な心情を視聴者に抱かせます(笑)。
また、5週目頃には視聴者もそれぞれ自分のお気に入り挑戦者が固まってくるようで、回を重ねる毎に Facebook や Twitter での応援合戦も盛り上がりを増してきます。

5週目の初日の準々決勝、フリースタイルクッキングで、まず2人が脱落。

残った6人は2人ずつ3組に分かれ、それぞれのペアがイギリス国内の名門レストランに修行に入ります。これが準決勝。
ここでミシュラン星付きレストランの厳しさを知るわけです。
スタジオでは調子よく料理していた挑戦者も、いざ厨房に入ったりするとダメ出し連発だったり、逆にここで光る人もいる。
営業時間のサービスに参加した後は、お店の代表的メニューをレシピに沿って再現し、シェフの評価を受けます。

その後、各ペアスタジオで一騎打ちの審査。レストラン研修の成果が試されるというところでしょうか。
ミシェルとグレッグが食べて評価・コメントし、結果各ペア一人ずつが勝ち残り、決勝進出3名が決まったところで5週目終了。

ここでもう一つ、毎度疑問に思うのは、準決勝のペア組はどうやって決まっているのか?ということ。
ここまでの経過を見ていて、明らかに抜きん出て実力がありそうな2人が同じ組に入れられたり(つまりどちらかが脱落する)、一方でそうでもないような2人が組んだ故に一人が勝ち残ったりと、どこかフェアじゃなくね?とすっきりしない後味が残ることもないとは言えません。
ペアは純粋にクジ引きか何かで決めていて、運も実力のうち、ということなのか。
はたまた、番組的に決勝に残したいメンツが決まっていて、出来レースなのか...。
また、前半のレストラン修行の評価がいったいいかほどまで選考に影響しているのか不明。
結局は後半のスタジオでの調理一発で決まっているんじゃないのか?とも思える。

その辺探り出したら楽しく視聴できなくなりそうなので、あえてしません。


最終週の6週目。1日目、決勝進出の3名は、まずフリースタイルで2コース作り、例によってミシェルとグレッグが評価。
ここまでくると、料理は予選ラウンドとは比にならないハイレベル。

数週前にはさほどパッとしなくて、上記のように「なんでこの人残っちゃう?」と思わせてしまうような挑戦者も、やはりここまで勝ち残るには素人にはわからない何かを持ち合わせているのか。さすがと思わせる逸品を出してくる。確かに、番組を通して挑戦者のスキルや自信が高まっているのが見て取れます。

最終週は途中で誰も脱落せず、2日目は、3人揃ってまたミシュランレストランの厨房に入ります。
前の週にペアで行くレストランとはまた格が違う、今回はいわゆる最高峰の3つ星クラスのレストランです。

まずは厨房でその店独特の技術やこだわりの品を教わり、学んだ事を生かして自分なりの2皿を用意して、その店のシェフの評価を受けます。
さらにお店の営業時間に厨房に入り2皿の準備を担当し、超一流の技術やサービスを体験するという運びです。

素人ながら、こういう一流の現場に入り、サービスに参加するって、料理人としてはすごい経験なんじゃないかと思います。
例えるなら、冠婚葬祭でピアノの演奏をしている地方のピアニストが、ウィーンフィルと共演みたいな感じでしょうか...。音楽関係疎いのでとんちんかんな例えでないといいですが。

そして3日目はシェフズ・テーブル。
ファイナリストは、ヨーロッパ中から集結した、一流料理人30人(うちほとんどがミシュラン2−3星付レストランから)のために料理します。
前菜、メイン、デザートを、それぞれ1人が担当。6時間かけて準備します。

厨房で準備する挑戦者の様子を、ミシェルが見て周るのですが、その様子はもう家族同然。
うまくいけば一緒に喜ぶし、雲行きが怪しい時は一緒に手に汗握っています。

集まった一流シェフたちは、審査員というよりオーディエンス、お客としてサービスを楽しんでいるようです。
しかし、これ挑戦者たちにとっては、Massive Day だろうな...。うまくやれば仕事のオファーがあるかもしれない一方、失敗したら業界で生きて行けなくなりかねない。



そして、最終日スタジオでの3コースサービスが、決勝戦の最後の最後。優勝者が決まります。


さて、長々書いてきましたが、ここまでお付き合いいただいた後に申し上げるのもなんですが、この番組の醍醐味はぜひ映像でお楽しみください(笑)。YouTubeで Masterchef professional UK 2011 とでも入れていただき、ヒットGo。




2011年の決勝では、ファイナリストはスペインのミシュラン3つ星レストラン、El Celler de Can Roca へ行きました。
その映像を何度も見返し、我々思わず予約を入れてしまいました。

次回はその訪問の様子をお伝えします。


ブログランキング・にほんブログ村へ

2013年1月24日木曜日

お正月は日本で。

読者のみなさん(いるのか?)
あけましておめでとうございます。

すっかりブログをご無沙汰してしまいました。
その間にも、このブログを訪れて下さっている方がいらして、嬉しい限りです。

年始なので、昨年の総括と今年の抱負などちょっと書きますと...

2012年は、LSE を出てすぐ申請した Post Study Work Visa を受け取るとほぼ同時に、1997年以来の夢であった Canary Wharf での就職が実現し、金無し、コネ無しからのスタートでも、人間辛抱強く頑張れば目標は叶うんだな、と実感した年でした。

仕事は、 給料こそ日本のスタンダードと比較すれば低いものの、内容も人間関係も問題なく、順調にやっています。

ただ、あまりにも長い間目指してきたゴールに到達してしまった為か、いわゆる燃え尽き症候群に悩まされました。
人生で望んでいたものが全て手に入ってしまって、この先何を楽しみにして良いかわからないというか... 生きる張り合いがなくなってしまったというか、そんな感じです。

2013年は心機一転、ようやく見えてきた新たなゴールに向けて一から出直し頑張ります。新たなゴールが何か?はまた追々...。
このブログのタイトルは、元々は Road to Canary Wharf (カナリーワーフへの道)でしたが、就職が叶った後は現在の Canary Wharf Weekly に改称されました。
そのうちまた Road to ナントカ(次のゴール)に改称される日が来るかもしれません。多分来ます。

さて、年末年始は日本に帰省していました。
8月末に購入したチケットは、年末年始をまたいで直行便なのに往復500ポンドちょっとと破格!
初めて一人でイギリスに来た時に乗ってきて、それはそれは思い出深い Virgin Atlantic 航空を15年ぶり利用しました。
当時の事を思い出して、感慨深く乗り込んだのですが...
結果から申し上げると、15年の時を経て、VS はすっかり変貌を遂げておりました...。
一言で言って、LLC をちょっと清潔にして無料の食事 + 荷預け(1個)が付いた、という印象でしょうか。
チェックインカウンターで、「プラス○○ポンドでビジネスクラスにアップグレード」的な看板を見た時点で、なんとなく嫌な予感はしていましたが...。
15年前は何となくお洒落感が漂うエアラインだったのが、今は小銭でまわす営利主義的な流れに入ってしまっているのが感じ取れ、残念でした。
炭酸水置いてないし、ワインも一種類ずつしかないし、 何より食事少ない(笑)。
ブロイラーの如く食べさせられるのもどうかと思うので、健康には良いのかもしれないが。
あ、でもデザートだけはやたらと美味しかった。
決してサービスが不快なわけではないですよ。ただちょっと物足りなさを感じるだけで。
次回からは、100ポンド安いとかだったらVSを選ぶだろうけど、さもなければBAを使うと思います。

日本の家から臨む富士山と日没後の二番焼け。

ではひとまずこのへんで。
これから昨年末の小旅行について少し触れ、また Canary Wharf での日々のことを中心に記録していきます。

ブログランキング・にほんブログ村へ

2012年10月28日日曜日

Canary Wharf で就職して半年以上経ったわけだが


さて、久しぶりに仕事の話です。

オリンピック、パラリンピック、旅行にもはや趣味となった走ることにネタが偏っていましたが、その間にも毎日会社に行って仕事をしているわけで。
そもそも「カナリー週報」は、カナリーワーフでのサラリーマン生活の記録をしていく予定が、完全に脱線しておりますね、すみません。

早いもので入社して半年が過ぎ、わかってはいたけど試用期間もラクラククリア。
最近職場でちょっとした組織編成があり、長い話を短くまとめると、今まで大きく分けて2つの仕事をしていたのだが、そのうちの1つに専念することになった。

同僚のLとGとはまだ隣同士の席に座っているが、Lはこの度私が離れたもう1つの方の仕事に就く事になり、私の所属するチームはすぐ隣にいる以前から変わらぬ上司とハンガリー人のG、NYに会ったことも話したこともない2人、さらに香港に2人により構成されることとなった。

私とGでEMEAの担当分の仕事を2分するはずなのだが、まだいくつか問題が。
Gは私とLの2ヶ月後にこの仕事を始めたのだが、あまりにも業務について知らないことが多すぎる...。

幾分かはトレーニングのスケジュールの問題だったりもするのだけど、個人的にはGの就業態度というか、学習意欲の欠如、仕事に取り組む姿勢に起因するような気がしてならん。
日本人、仕事に厳しすぎるだろうか?
 Lはイギリス生まれながら香港人。何となく日本人の私と work ethics みたいなのを共有しているのか、Gのいないところでこの辺の見解が一致している。
細かい手順やからくりをいちいち説明するのが億劫で、結局自分でやった方が早いと判断し、本来Gに振るべき仕事も片付けちゃったりしている。

そしてこのG、さらに印象を悪くしているのは、病欠の多さ。
病欠は社会人の責任欠如と捉え、こよなく嫌悪する私には堪え難い。
今月は突然の病欠で3日休んだと思えば、2日くらい来て、その後一週間故郷に帰るため休暇。
一体いつ働いてんだよ、と思わず言いたくなるわけよ。

そんなわけで、Gと2分されるべき仕事のほとんどが私が片付けることとなり、この一ヶ月の私の手がけた&案件数はグローバルチームの中でも断トツトップ。2位を25%上回る、まさに他の追随を許さないスーパー仕事人だ、私。

そんな、同僚への小さな不満を抱えながらも、考えてみると今の仕事はつくづく、ロンドンの中で見つけうるパーフェクトな仕事だなと思う。

理由0: これはまあ言うまでもなく、15年憧れ続けた Canary Wharf で就職できたという点だけで満足。情熱いまだ冷めず、毎日の通勤が幸せでしょうがない。

理由1: 日系企業ではなく、かつ日本人である必要がない仕事をしている。正直、日本にいてロンドンで働きたいと思っていた時分には、日系の銀行などで就業している絵を描いていた。が、今の仕事は日本語も使わなければ日本人との接点もなく、完全にヨーロッパ環境の職場。日本人でありながら、ロンドンでこういう環境で働けるのは、ある種特殊な経験で有り難いと思っている。

理由2: そんな中、昨今の組織改編で、EMEA に加え日本をもカバーする事になった。こうなると、日本語ができる日本人であることがプラスにしかならない。

理由3: 前職の経験・知識がモロに生きている。故に仕事に余裕が生まれているのだろう。

理由4: 理由3. もあってか、仕事は大変すぎず、ストレスにはならない。でもチャレンジングな場面もそこそこある。いろんな国の人と話できるし、楽しい。

理由5: なんだかんだ言って、上司や同僚にも恵まれている。上司はいわば入社前から知り合いだし、同僚が自分より一歩二歩遅れていることで、自分が優位に立てる。褒められて育つ私には、この環境は有り難い。また、昨今の組織改編で、大嫌いなアメリカとの関係が薄くなるのも嬉しい。(別にアメリカの同僚に罪はないのだが、アメリカへの嫌悪感が、彼らとの接触を不快にさせるのだ。)

他、給与やら福利厚生やら細かい事を挙げればまだまだ続くが、かつては日常的に転職サイトを見ていたが、今のところロンドンにいる限り、今の仕事を離れる気はさらさらないどころか、そんな事を可能性としても微塵も考えたこともない。

まあ、時間が経てばいろいろ考えも変わるだろうが、仕事にこれだけ満足しているって自分史上類を見ない精神状態だと思うし(もっともこれまでは常にロンドンに行くために現状を打破したいという思いがあったのだが)、だからこそ小さな不満や懸念は脇に追いやって、毎日幸せだと思いながら会社に行けるこの状況を享受しようと思う。

ちょっとぼやいてみた。次は仕事のもっと実務的なことを書きます。


ブログランキング・にほんブログ村へ

2012年3月15日木曜日

ゴールを迎え、ブログ一新します。

さて、このブログのタイトル RCW とは、Road to Canary Wharf (Canary Wharf への道)の略です。

15年ほど前にCanary Wharf を始めて訪れ、「いつか絶対ここで働く」と決めた筆者が、約10年の潜伏期間を経て、いよいよロンドンに上陸、夢の Canary Wharf で働くまでを勝手にドキュメンタリー化しようと始めたブログです。

この度、念願叶って本当に Canary Wharf での就職が実現しました。

さらっと書いているけど、これは自分にとってはすごいことです。

というわけで、ゴールのCanary Wharf へ到着してしまったため、Road to Canary Wharf はこれにて終了となります。

今後は、Road in Canary Wharf として、心機一転、憧れの Canary Wharf での日々を綴っていきたいと思います。

引き続きお付き合い下さい。
ブログランキング・にほんブログ村へ

2011年10月28日金曜日

リビア



先日の、カダフィ大佐死亡のニュースはかなり衝撃的だった。

それというのも、中学生の時分から、個人的にリビアという国に思い入れがあったのも事実ながら、
昨年末通っていた LSE で「カダフィ大佐とビデオ会議」というイベントがあり、
大佐と生中継での質疑応答に参加するという貴重な経験をしたから。

2010年12月、カダフィ大佐とビデオ会議のイベントの様子。

質疑応答にはここぞとばかりに挙手を続けたものの、
残念ながら選ばれず、一対一で対話をする機会には恵まれなかったが、
この大佐とのビデオ会議への参加は、LSE に入って良かった!
と最も強く感じさせられた瞬間のひとつである。
年が明けてリビア情勢が世界で騒がれるようになり、
大学からリビアへの献金問題などが明るみになり、
リビアとの関係を断ち切れと学生デモが起ったり、
学長が辞任に至るという嬉しくない後日談もあったわけだが...。

それから一年も経たないうちにリビアは歴史的な変革を越え、
あの大佐ももうこの世にはいないのか... と考えると、なんだかもう他人事と思えない。

2008年に念願のリビア訪問を果たし、一般の日本人よりはリビアに明るいつもりだが、
あの国の実情についてはまだまだ知らないことの方が膨大。
今後の展開が楽しみでもあり、独裁終結後、誰が(どの国が?!)リビアを治めるのか、
考えると不安な点もある。
今後もリビアの動向を静かに見守って行きたい。



ブログランキング・にほんブログ村へ

2011年1月3日月曜日

絵馬

昨年のはじめ、岩手県の平泉にてこのような絵馬を残した結果、
記念受験のLSEに合格した上、夏にはありえない新大発見に恵まれたので、
今年もまた、元旦早々明治神宮に絵馬を書き残してきた。
細木先生によると、今年から殺界突入らしいので(一昨年厄が終わったばかりなのに)
厄除お守りも買った。

目黒の回転寿司でたらふく食べて、久々にショッピング天国=東京を満喫。

今年も一層やゔぁい一年になりますように。
ブログランキング・にほんブログ村へ

2011年1月1日土曜日

2011 AOKY

読者各位

あけおめ。ことよろ。
昨年度よりRCWを読んでいただきありがとうございます。

ロンドンでの生活も3ヶ月が過ぎました。
London Canary Wharf に恋いこがれて脱サラしてやってきた末、
おかげさまで毎秒幸せに満ちた時間を過ごしています。
その一方で、昨年は何かと激動の一年で、人生設計やら優先順位やらに
諸々と変化が生じてきました。

というわけで今年度から少々趣向を変えて、新しいページでお送りします。
引き続き、ロンドンLSE日記と共に、日々のいろいろを書き残していきます。

よろしくお願いします。

2010年度のページはこちら(限定公開。要パスワード)
http://rcw.typepad.jp/london/

ブログランキング・にほんブログ村へ

2010年12月12日日曜日

DAY 80: 開発とビジネス


DAY 79 は一日中眠って終わったので日記割愛。しかし、夜型生活が抜けるまで相当かかりそう...。

プリングルスの Thai Sweet Chilli 味... こんなものを売り出すのはやめなさい。買ってしまう。


今 日は午後から、英国開発学勉強会(IDDP)主催の勉強会があった。10月末くらいに第一回目に訪れたあれである。第2回目はパスし、今日が3回目だっ た。場所はRussell Square 近くの Institute of Education という、これまたロンドン大学の一派らしいが、正直そんな学校があるとは存じませんでした。。

普通の人なら確実にバスに乗って行くであろうところ、この私は Borough Market と Southbank をうろつきながら1時間くらいかけて歩いて行った。

本 日のテーマは「開発とビジネス」、主にフェアトレード、倫理的貿易について。講師はアジア経済研究所(JETRO の一派では?)/ Sussex大学開発研究所客員研究員の佐藤寛氏だった。サセックス大学というのは開発学で結構有名で、この勉強会にも毎度ブライトン(ロンドンから南1 時間くらいの海辺の街)から多数の学生が出席している。

以下、要点。

開 発とビジネスとはこれまでパラレルでそれぞれ独立していたが、昨今融合の兆しを見せている。その理由として、開発側は主に資金面で支援を要すること、 また、一部で途上国の援助はやめるべき(助けるから育たないから)という声が上がっていることが挙げられ、一方ビジネスにおいても、自由経済への不審感の 高まりにつれ、株主配当を公益投資に充てる案他、社会的ビジネスの機運が高まっている。

これに伴い、企業はもはや生産から消費まで一環した社会的責任を負うという認識が高まってきた。そして、そのプロセスにおいて反社会的、反倫理的な部分 - 児童労働や環境汚染等 - があると、企業が叩かれる。特に英国やオランダなどではこうした動きが大きい。

そ れに比べて日本は、倫理的なビジネスやら企業の社会的責任という部分においては先進国の中で大きく遅れを取っている。大企業では CSR(Corporate Social Responsibility)部門など設けているところもあるが、一般的には例えば利益の一部でどこかに植林したりという付帯的な活動により社会に還元 するというやり方が主流のようだ。また、日本においてCSRというと、どこかチャリティ的な色合いが顕著である。しかし、今論点となっているのは、生産か ら消費までの総合的なプロセスにおける社会的責任である。ゆえに、たとえCSR部門が木を植えるのに奔走したところで、中国の工場の労働者に妥当な賃金を 払っていないとか、下請けの会社が汚染物質を海に垂れ流しているとか、契約農家が農薬をばらまきまくっているとかを経て生産されたサービスを提供している 会社はNG。あくまで本業に組み込まれたCSRを推進していかないと、やがて社会に叩かれる運命を辿るのだ。

日 本がこうした動きに出遅れている要因はいくつか考えられる。個人的には宗教の影響も大きいのではないかと思う。ヨーロッパにはキリスト教という共通の信念 が浸透しており、「慈愛」とか「強いものが弱いものを助ける」といった精神が深く根付いている。以前 ODA の講演を聞いた際にも出た話だが、こうしたキリスト教精神が援助活動のドライバーとなっていると言うのは一理ある。一方で日本は地理的にも孤立し、鎖国も 手伝ってかいわば特種なビジネススタイルを発展させてきた。今日に至ってももっぱら焦点は中国市場に偏り、途上国へは足を伸ばしていないどころか、興味も 薄い。経産省が言うような「日本企業のガラパゴス化」は否めないと思う。

そんな中、この点、日本においてはシャープが先進企業と言われているとどこかで読んだ。あとはユニクロ。ロンドンにもユニクロは何軒もあり、Regent St. の一等地に店を構えるからには、欧州基準の CSR を実践しないと生き残れない。

話 はフェアトレードを中心に展開した。イギリスはスーパーマーケットが個人の消費活動に占める割合世界一らしく、このブログにも度々登場する Tesco、Sainsbury's、Marks&Spencer ら大手がこぞって自社ブランドの商品の確立と定着に乗り出している。そして店頭に並ぶ商品には往々にして Fair Trade マークが付いている。店舗によっては Fair Trade コーナーが設けられていることも多い。以前は普通の商品よりも値段設定の高かった Fair Trade 製品も、次第にその価格差が縮まり、選んで Fair Trade 製品を買う消費者は20%を超える。50%はどっちつかずの浮遊層なので、この50%の取り込みが Fair Trade 推進家たちの目下の課題である。それに比べ、日本における Fair Trade 製品の認知度および普及度はまだまだ低い。昔ベルマークってのがあったが(今もあるの?)、あれは教育資金確保のために民間を利用した成功例。こうやって 国外(途上国)への関心を煽ればどうにかこの分野での日本の台頭に期待できないものか。

思 えば、その昔NGOのプログラムに参加した時も、今こうして途上国開発の議論をしている折にも、自分は日本にいないので、日本の現状ってわかるようでわか らないわね。多分、日本でサラリーマンしていたら、途上国うんぬんの事考えるより、自分の給与明細の数字が上がることが重要事項になるのは間違いないと思 うし、仕方がないと思う。だって社会がそういう仕組みを作っているから。まあだからつまりどんな議論を展開したところで日本が drastically 変ることは期待できないと思うし、日本が drastically に変った所でこの世の現状がどれだけ好転するのかわかったもんじゃないけど、個人的にやや逸れた部分で思うところはある。社会の仕組みが変るのは時間がか かるが、個人レベルで、例えば毎日会社に行ってああこの仕事つまんないなと思いながらやってたり、もう人生落ち着いちゃって後は老後を待つだけになっ ちゃっている人生に、例えば世界の別の所で明日の食べ物に困っている人がいることを認識し、なんとかできないかという意識が芽生えることで、自分の人生に 何か今以上の value を見いだすというか、何か変えようと思ったり、何か行動を起こす事で自分の人生に付加価値を付けるきっかけになれば、もうそれでじゅうぶんなリターンにな ると思う。多くの人がこういう意識を持つ事で、変らない社会も変るかもしれない。こう言い始めるとなんだか spiritual な議論展開になりそうだが、要は個人の視野が広がることが大事なんじゃないか?それが直接例えば途上国の発展に繋がるかはわからないが、人生はより充実す るはず。

なんか長くなった。自己主張が止まらなそうなので、そろそろ切り上げよう...。(かなり中途半端)

ブログランキング・にほんブログ村へ

2010年11月18日木曜日

DAY 55: 土壇場で。


右からゴールデンデリシャス、レッドデリシャス、日本のリンゴに似たフカフカの。

昨日からダイエット、というか、昨今の荒れ果てた食生活を改善すべく、一度胃を空にしようと試み、ビタミンC摂取の為に普段食べないリンゴを買ってみた。3個で1ポンド。高い?が、冷蔵庫のジャンクを食べるよりは払った。この状況で食べるとリンゴも美味しい。

他 には主に液体を摂取している。お世話になっているのは、悪の枢軸米資本のスターバックス。理由は安いから。スターバックスカードというプリペイカードを 作ったので、それで払うと普通のフィルターコーヒーが1ポンドで飲める。そしてこのフィルターコーヒーはおかわり自由である。さらにマイタンブラーを持参 すると25ペンス引きになる。つまり75ペンスでコーヒー飲み放題である。さらにスタバカードを使うと、ミルクやらシロップやらの追加が無料でできる。と いうわけで、栄養補給のためにコーヒーの豆乳割り(豆乳のコーヒー割り)を飲んでいる。

今日の午前中はスタバでスペイン語の宿題に追われる。

お腹が空いた..。あと一日くらいで普通に戻ろう。


ブログランキング・にほんブログ村へ

2010年11月2日火曜日

DAY 39: アジア共同体


エッセイ書くのに本を借りたはいいが、誤って違うテーマの本を借りてしまったようだ...。がーん。

Seminar Skills & Pronunciation という外国人学生向けの無料授業を受けている。

今日その中で、ギリシャ人が「ギリシャがEU(当初はECC)に加盟するまでの道のり」について軽くプレゼンした。実際にはギリシャなまりが激しくて半分くらいしか理解できなかったが、講師からは「発音に問題ない」と褒められていた。

そこから発展して、ヨーロッパ以外の地域ではEUみたいな共同体は生まれ得るか?という議論になった。

まずはラテンアメリカ。

チリ人の学生曰く、「チリは南米の中では先進国なので、国民はその他の(より発展していない)国々に歩調を合わせる事に賛同しない。ラテンアメリカ共同体はあり得るが今はまだ時期ではない」とバッサリ。

メ キシコ人の学生。「メキシコは自分らをラテンアメリカというより「北米」ないしは「中米」と認識しており、南米諸国とは一線を画している。(中米のメキシ コ以外の国は皆小さいし力ないし)アメリカ&カナダとの関係の方が強固である。実際NAFTAって貿易共同体がすでにできあがってるし。」

私のメキシコの友人は「ラテンアメリカの統一が夢」と語るゲバラっぽい熱い野郎だが、やはり同じ国内でも見解は幅広いのだな。

続いてアジアはどうだ?と振られる。

中 国人学生が数人と日本人(私)がひとりいた。講師の「中国と日本は共同体で一緒になったりしないのか?」と(ややKYな)無垢な問いかけに、我々全員「今 はないないない」と勢いよく首を横に振る with 失笑。一応 ASEAN てのがあるけど、これは果たしてどこまで機能しているのか?

政治専攻のフランス人やらアゼルバイジャン人やらがアジアの情勢について横から口を挟んでくるので、若干うざく思い、中国勢も特にコメントしないので、ここで日本人がひとこと。

「経 済的には南北格差があるが、それはまあ置いておいて、それよりもアジアの政治的な統一ってのは難しいと思う。すぐに思いつく理由は2つ。宗教と言語。この 点、割と足並みが揃っているEUやラテンアメリカ(ブラジル以外ほとんどスペイン語だし)に対し、アジア各国の信仰は結構 diverse だし(仏教が多いのだろうが儒教やらイスラムやらもいる)、言語もほぼ全部の国でバラバラ。(共通語といっても何になるのか?仮に英語にしたとして、母国 語のオーストラリアたちははっきり言ってプレゼンス低いし)皆が同じ方向を向くのは厳しいと思う。」

これまでヨーロッパ勢が活発に議論をかましていたのに、不思議とこの日本人の発言には誰もコメントしてくれなかった。ある意味納得してくれたのだろうか。

それにしても、外人みんなよくしゃべるな...。よくそんなにしゃべることがあるな。

自分は日本語でも日頃からそんなにべらべら喋る方ではないと思うのだが、こちらに来て英語でまくしたてる輩と同席すると正直疲れる...。そのわかりきった状況説明必要か?今の発言、半分の単語数で簡潔できるっしょ?と思うシーンが度々。一日に一度は必ず誰かに対し、「ああうるさい、ちょっと黙りな」と思う瞬間がある。。英語ってこういうネイチャーなのか?それとも、日本語が多くを語る必要を生じさせないつくりの言語なのだろうか?確かに、英語と比べれば奥深い言語であるとは自負していますが。

ブログランキング・にほんブログ村へ

2010年2月9日火曜日

シドニーの英語学校


オーストラリア滞在最後の数週の間通っていた英語学校が破綻したらしい。
 
この学校は、日本でもおなじみの某大手英語学校のシドニー校。何を 隠そうこの私は、大学を卒業して間もない頃、同英語学校に勤務していたことがある。 当時は英会話ブーム最盛期で、経営破綻した N 、現在も健在の A とこの学校が全国展開の大規模経営でその名を馳せていた。
 
余談だが、私はこのうち残念ながら破綻した N の出身。大学入学と同時に通い始めたが、自由予約制、つまり自分のレベルのクラスが空いていればいつでも通えるというシステムも助けてか、もはや最終学歴は大学ではなく N と言っても過言ではない程、熱心に通っていた。その甲斐あってか、決して安くはない授業料の投資額は確実に回収できる程、 N で学んだスキルはその後の人生に生かされたと自信を持って言える。多くの人が志半ばで挫折する中、 N が 30 余年の人生において最大のリターンを生んだ投資の一つとなったことは実にラッキーだと思っている。
 
在豪中、しかも最後の数週間この学校に通った主な理由は以下の通りである。まず第一に、私は就労目的で雇用主がビザのスポンサーとなりシドニーに渡り、 13 ヶ 月のシドニー滞在中は、この街の高騰しきった家賃に圧迫され、さらにアフター5を満喫し難い時間帯勤務という仕事の哀しい性にも所以し、自宅と会社の往復 以外ほとんど楽しみを見いだせず過ごしていた。この何かと時間的制約の多い職場を退職後、約一ヶ月の国内在留猶予期間が設けられた為、「このまま帰国し オーストラリアの思い出は仕事一色で最悪」という事態を回避するべく、最後にワーホリ・学生気分を味わおうと試みた次第である。第二に、英国への進学を考 えていた私は、 N で鍛えた英語力を証明するべく国際基準の英語検定ひとよんで IELTS を受験する必要があったが、この試験に関して限りなく無知に近かったので、試験準備を兼ねてプチ留学体験に踏み切った。そして日本でも知られたこの学校を選んだのは、元社員と言ったら入学金 250 ドルが全額免除になったこと、そしてそこそこ名前が知られており、見た所経営もしっかりしていると思ったためであったが、今となってはそれはまやかしだったようだ。
 
私が通ったのは EAP という進学準備クラス。 IELTS 対策コースを希望したが、私にはレベルが低すぎるということでこちらを紹介された。初日に教室に行くと、他の生徒 10 名程は既に7週間だか授業を共にしていたらしく、皆仲睦まじくやっている。クラスの半分は韓国人、日本人は自分を含め 2 名、他南米が 2 名、ヨーロッパ 2 名 というメンバー構成だった。このようなグループでの英語の授業は初めての体験だったが、授業の内容はさておき、学生たちのモチベーションの高さは非常に良 い刺激となった。進学準備クラスというだけあり、私を除く全員がオーストラリア国内の大学ないしは大学院への進学を目指していた。オーストラリアもイギリ ス同様、英語を母国語としない学生の入学には IELTS のスコアを課しているが、このような語学学校で一定レベルのコースを一定基準以上の成績と出席率で修了すると、提携している大学へ IELTS なしで入学が叶う取り計らいがあるようだ。しかし、この一定基準以上の成績と出席率というのがなかなか厳しく、個人的には IELTS を受験する方がはるかにラクで安上がりなのでは、と思うのだが...。 IELTS のスコアが大学側の基準に満たない学生にとっては、このような語学学校は救世主的存在なのであろう。
 
結 局3週間通ったら年末年始休暇に入り、私はそのまま帰国。未消化の2週間分は、半年以内に消化するという条件で保留にしてもらっていたのだが、これは払い 戻されるのだろうか...。まあ正直、半分捨てたつもりの2週間だったから、ムキになるつもりもないが(私らしくない)。
ク ラスメイトもほとんど卒業してしまったようなので、誰か捕まえてまずは現状の把握を急がないとね。何人かはオーストラリアの大学への進学目的で渡豪したけ ど、EAPコースを受けながら「やっぱりオーストラリア違う」と思って国に帰ったとも聞いている。うん、わかる気がする。あの国は、やはり遊びに行くとこ ろってイメージだな。腰を据えるつもりなら、住みやすいとは思うけど。そのつもりになれるか?が問題。

ロンドンと関係ないけど、留学つながりでつぶやき。



ブログランキング・にほんブログ村へ

2010年1月10日日曜日

Disclaimer


このブログは、ロンドンに憧れ続け早15年のとある日本人(筆者)がロンドンに移住するノンフィクションドキュメンタリーです。
具体的には、ロンドンの Canada Water に住み Canary Wharf で勤務する生活を手に入れるまでの軌跡を追います(予定)。

2010年ロンドンへ大学院留学を目指して準備をしているところから始まります。
ロンドンと関係のない内容の記載は避けるようにしますが、まれに勢いで含まれてくる場合があります。御容赦ください。

尚、筆者の気まぐれでブログの方向性が当初の目的よりかけ離れていく可能性が考えられなくもないですが、一切の責任は負いかねますことをご承知置きください。

先月まで8年間、某金融情報系企業でサラリーマンをしていました。
ロンドンには日系の銀行がたくさんあるし、憧れの Canary Wharf は金融街。
いつかロンドンに行って就職活動する時に、少しでも有利になるように、と選んで入った会社です。
いつかロンドン支社に飛ばしてもらえないかと密かに狙っていましたが、気がつけばオーストラリアに飛んでいました。
かれこれ8年。30も過ぎたし、もう待っていられない気がして、自力でロンドンへ渡る決意をし、会社辞めました。
 
<筆者とイギリス・ロンドンの略歴>
◎渡航歴
1995.01  日本旅行のパックツアー「ロンドン・イタリア周遊・パリ13日間」で初渡航。滞在1日。Earl's Court 泊。
1996.02  初渡航の感動を忘れられず、単独ロンドン滞在2週間。West Finchly (Northern Line) 泊。
1996.08  イギリス・アイルランド個人旅行3週間。うち結局2週間弱ロンドンに滞在。Bloomsbury 泊。
1997.09 - 1998.07  エセックス大学に留学。ロンドンから東へ一時間のコルチェスターに滞在。毎週末ロンドンへ通う。
1999.03  大学のゼミ仲間とアイルランド旅行。一人ロンドンに立ち寄り。滞在3日間。Charlton 泊。
2000.10  ポーランドへの旅をわざわざBAでロンドン経由にして訪問。滞在3日間。KX + Borough 泊。
2002.10  出張でカーディフ(ウェールズ)へ行くついでに、休暇でロンドン3日間。Strand Palace Hotel 泊。
2003.02  デヴォンへ旅行。ロンドンは立ち寄り程度。
2003.04  デヴォンに2週間滞在。ロンドンは立ち寄り程度。
2003.10  ロンドン一週間。Greenwich 泊。
2004.07  ロンドン熱再発。大学のサマースクールに通うため2週間滞在。Barbican の学生寮泊。
2006.08  ドイツに親戚訪問ついでに久々のロンドン3日間。Borough 泊。
2009.09  久々のロンドン3日間滞在。「2010年ロンドン移住計画」に専念すべく、会社を辞めることを決意。Greenwich + London Bridge 泊。
改めてこう書き出してみると、実にまあチマチマと渡航を繰り返していること...。

◎ロンドン出没地域
Canary Wharf, London Bridge ~ Borough, Southbank, Tower Bridge, Canada Water, Greenwich...  基本South East 方面とDLR沿線。

◎ロンドン以外のイギリス国内訪問歴(参考)
Colchester, Norwich, Oxford, Cambridge, Brighton, Bath, Exeter, Dawlish, Torquay, Plymouth, Penzance, Worcester, Nottingham, York, Manchester, Liverpool, Lake District, Carlisle, Newcastle, Edinburgh, Glasgow, Belfast ~ Derry, Cardiff, ... など。
ブログランキング・にほんブログ村へ