2011年11月5日土曜日

Bonfire Night



イギリスでは毎年11月15日は花火の日である。

1605年11月5日、国会議事堂を爆破しようとした火薬陰謀事件(クーデター未遂)の実行犯Guy Fawkesにちなんで、Guy Fawkes Day などとも呼ばれている。
結局未遂に終わり、火薬の番をしていたこの男は捕まって、後に処刑(しかもかなり惨い)されたそうだが、この事件を記念(?)し、火薬=花火...と繋がったと想像する。

大学生の頃、コルチェスターという東部の町にあるエセックス大学に交換留学していた時も、この日は町の中心部の広場に皆終結し、寒い中花火を見たことを覚えている。
ロンドンでも今夜は各地で花火がドンドン上がる音が聞こえた。

我々の家の近く、Blackheath という町(Greenwichにもほど近い)でも、ひたすら続くだだっ広い原っぱで、地域を上げての大花火鑑賞会が開催され、どれどれ出かけてみた。

以前一度訪れた時には、かわいい街並だけれどもさほど賑わっているとも思えなかった Blackheath 中心部も、今晩はロンドン中から集まってきた花火見物客で路上はごった返し、飲み屋やレストランも大盛況。

見難いが、移動遊園地(右奥の方の光)も設置される大型行事。


6時過ぎに到着し、近隣のパブで一杯やっていると、到着時にはガラガラだった原っぱにもみるみるうちに人々が終結してきた。
7時半に原っぱへ向かうと、群衆も花火鑑賞のスタンバイに入っていた。
なんでも、10万人が訪れる大型イベントと聞いていたが、原っぱがとにかくとてつもなく広いせいか、窮屈感はない。

8時から予定されていた花火は、5分ほど遅れて始まった(5分の遅れはかなり優秀)。
とにかくどこまでも平原なので、前を遮る建物も何もない。
花火は20分くらい続いたが、くっきりしっかりはっきり見えた。

日本で花火というと、夏の風物詩であるため、この寒い時期に花火??というとあまりピンと来ないのだが...。
こちらでは花火は季節を問わない様子。事実、なんとかフェスティバルという折りに一年中ドンパチやっているのが聞こえてくる気も。



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2011年11月3日木曜日

週末パリ







10月31日のハロウィーンが祝日であると大勘違いし、
週末+月曜日の3日旅行を計画してしまったおっぺけぺーですが、なにか?
(祝日のわりには、予約時にユーロスターの料金安いなと思ったもんだ...)

この週末+1日はパリで過ごした。
ロンドン〜パリはユーロスターで3時間強。新幹線で東京〜京都みたいなもんかしら。
しばらく前にネットでチケットを予約し、往復で一万円くらいだったと思う。
こう考えると東京〜京都より安いわね。

パリは気がつけば6回目?7回目?
日本人はみんなパリ大好きで、多大な期待を抱いて訪問し、現実とのギャップにショックを受け鬱病になってしまう「パリ症候群」なんてのも新聞で報道されていたが、私自身は正直これまでパリに魅了されたことは一瞬もない。別に嫌いでもないが(7回も行ってるくらいだし)、毎回これが最後の訪問となっても全く構わないという気持ちで去る。

今回のパリ行きは、私ではなく同行者Kの希望であり、まあすぐそこだし、しばらく行ってないし、冬服の調達にでも行くか、というノリで出かけた。

以下、旅行記。

1日目:
この日で安いチケットを取ったため、ロンドンのセントパンクラス駅出発は6時22分。
一応、海外旅行なので、出国審査もある。一時間前には駅にたどり着きたい。
逆算して、自宅を出るのは4時。前日もぐったりで荷物を作っていなかったので、3時に起きてシャワーを浴び、10分で荷造りして真っ暗闇の中を出かける。
5時15分にセントパンクラス駅に到着。
一応、海外旅行なので、パスポートコントロール等、一通りの手続きを済ませる。
早起きがたたり、電車の中は、大声でわめき散らす大迷惑な子供たちの騒音にも負けず、ひたすら爆睡。
あっという間に朝9時半のパリ北駅に到着。

まずは荷物を背負ったまま、駅から徒歩で「アメリ」で有名な運河へ。
ここも以前に訪れたことがあるけど、今回は運河を船が上って行く様子を生で観ることができ、かなり興奮。

その後、ギャラリーラファイエット経由で、宿泊先のホテルまで歩く。
荷物が重い&朝から何も食べていないので、途中でお腹が空いて、カマンベールチーズを貪りながら歩く。
ラファイエットで、早速渡仏の目的である、フランスのパンを賞味。
日本にもある(けどイギリスにはない)メゾンカイザーのクロワッサン... プライスレス!

チーズを買ったスーパーで、パリの物価の高さを目の当たりにし、ショック!!
500mlのペットボトルの水が優に 1.5ユーロ。
イギリスで売っているのと全く同じブランドの同じジュースやお菓子も、値段はロンドンの約2倍。
(しかし買ったカマンベールは自社ブランドなのか、まずまずお手頃だった)
観光客向けのコンビニだからこの値段かと思いきや、普通にスーパー行っても大差ない価格。
一体、パリの人たちはどうやって生計を立てているのだろうか...。

昼過ぎにホテルに到着。荷物を置いて、一休みして早速出歩く。
宿からほど近くにマドレーヌ寺院というのがあった。
すぐ横には、日本でも有名なフォションのお店。
フォションは紅茶屋と思っていたが、お茶の他にもジャムやら調味料やらお惣菜まで、いろいろ売っていた。
私は紅茶は飲まないので、あまり縁のないお店だが、店内がカラフルで、普段見かけない珍しい商品を見ているだけでも楽しい。
日本人の観光客もさすがに多い。あちらこちらから日本語が聞こえる。


お店の前に突如2匹のうさが。

その後、コンコルド広場へ歩き、セーヌの対岸へ。
ちらちら買物をして、家路(ホテル)に着き終了。


2日目。朝から散歩を兼ね歩く。

気持ち良く整った街路樹。
シャンゼリゼのレオンでランチをしようと思ったが、
始動が早すぎたせいか、開店時間まで待てず、予定変更。

セーヌ川方面へ歩き、目についたカフェで食事。




その後、今回のパリのメインイベント、下水道博物館 (égouts de Paris)!!
レ・ミゼラブルで主人公がパリの下水道を逃げる有名なシーンがあるようですが、
それは私知りません。
ただもう下水道に入れるというだけで、テンション上がるではないですか。





下水道にも、地上と同じようにちゃんと通りの名前がついている。









脈々と続く地下の世界を、すぐ目の前を流れる下水(若干臭う)の轟音とともに大満喫。
だいぶ、長居してしまった 。。



その後は地上の美術館ケブランリを見学し(下水でテンションを上げ切ったので若干お疲れモード)


エッフェル塔を眺め、ホテルに戻り休憩。

夕方気を取り直してレオンへ。
チェーンのムール貝レストランだけど、なぜかパリに来ると毎回寄っている。
お手軽だし、フランス料理が苦手な私には、確実に無難なものが食べられるのでグッド。



隣のルイヴィトンのウィンドウがとても華やかで感動。


夜の凱旋門→思いがけず、きらきら光るエッフェル塔もばっちり鑑賞して帰宅。
ロマンチックとかいう感動を通り越しちゃうベタさたけど、美しいので良し。


翌朝は天気がこの上なく良かったので、またまた定番ながらモンパルナスへ出かけてみた。
ポールで買ったパンを朝食にかじりながら坂を上る。
白い建物、緑の芝と青い空のコントラストが素晴らしい!



さて、ここからが問題。
3連休を満喫するため、夜のユーロスターを抑えたのだが、夜まですることがない。。
もう見るところ見ちゃったし、買物するのも食事するのもバカ高いし、ホテルも出なきゃいけないし、一体どうすりゃいいのさ。
お茶を飲みにカフェめいたところに入ろうとするも、観光客が集まるエリアの昼時は、お茶だけはNG、食事もしなくちゃいけないとか縛りが多い。
おなかすいてないんですけど。。

結局、何度も通ったラファイエットで結構な時間を潰し、、
何をするでもなくうだうだして電車の時間を待つという不毛な時を過ごした。

思い返してみると、パリ滞在の最後って毎回こう。
要は、することがないのよね。。したいことも行きたいところももはや特にないって言うか。
ちゃんと調べればあるのかもしれないけど(下水みたいに穴場の博物館とか)。
だから、毎回もう来なくてもいいやと思って帰るんだろうな。
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2011年10月28日金曜日

リビア



先日の、カダフィ大佐死亡のニュースはかなり衝撃的だった。

それというのも、中学生の時分から、個人的にリビアという国に思い入れがあったのも事実ながら、
昨年末通っていた LSE で「カダフィ大佐とビデオ会議」というイベントがあり、
大佐と生中継での質疑応答に参加するという貴重な経験をしたから。

2010年12月、カダフィ大佐とビデオ会議のイベントの様子。

質疑応答にはここぞとばかりに挙手を続けたものの、
残念ながら選ばれず、一対一で対話をする機会には恵まれなかったが、
この大佐とのビデオ会議への参加は、LSE に入って良かった!
と最も強く感じさせられた瞬間のひとつである。
年が明けてリビア情勢が世界で騒がれるようになり、
大学からリビアへの献金問題などが明るみになり、
リビアとの関係を断ち切れと学生デモが起ったり、
学長が辞任に至るという嬉しくない後日談もあったわけだが...。

それから一年も経たないうちにリビアは歴史的な変革を越え、
あの大佐ももうこの世にはいないのか... と考えると、なんだかもう他人事と思えない。

2008年に念願のリビア訪問を果たし、一般の日本人よりはリビアに明るいつもりだが、
あの国の実情についてはまだまだ知らないことの方が膨大。
今後の展開が楽しみでもあり、独裁終結後、誰が(どの国が?!)リビアを治めるのか、
考えると不安な点もある。
今後もリビアの動向を静かに見守って行きたい。



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2011年10月3日月曜日

成績戻って来た。〜BOPビジネス

BOPのクラスのエッセイのマークが返された。
このブログにも何度となく登場している、インドへ行ったあのプロジェクトである。
プロジェクトとは別に、2,000 words のエッセイが課され、これが全体の成績の45%のウェイトを占める。

エッセイのお題は、『自分でBOPビジネスを一つ選んで、その business model と implementation process を分析せよ』だった。

一口でエッセイと言っても、マネジメント学部の求める内容や書き方は、私の所属する地理学部のものとはまた違う。
授業でエッセイの説明があった時に、「セオリー大好き。High quality papers(マネジメント関連のジャーナル等でも特にトップクラスのもの)からの引用重視...」と念を押されてのを素直に信じ、それに従った。

まずはBOPビジネスの類いを一つ選ぶわけだが。
BOPビジネスはインドやバングラディシュが主流な他、南米の事例もいくつか授業で暑かったので、この辺はみんなやるだろうから外し、私は敢えて、日本企業で勝負することにした!

と言うと聞こえが良いのだが、クラスに他に日本人がいなかったし、先生方も日本企業のBOPなんてあまり聞いた事がないだろう(という勝手な憶測に基づき)と思い、目新しさを狙った。
と言うとまだまだ聞こえが良いのだが、何より、資料を読んだり情報収集が日本語でできる(=所要時間半減)!これは大きい(笑)。

で、選んだのは、ヤクルトと迷った挙げ句、味の素。
同社は勿論、グラミンみたいな純BOP起業ではない。
が、半世紀前からアフリカや東南アジアで実質BOPビジネスに類似する事業展開をしている。
そのビジネス展開というのは、例えば、地元の料理の味に合うスパイスや、受入れられ易いパッケージデザイン等、国や地域別の製品の研究開発をしていたり、独自の販促ルートを持っていたり...(詳細略)ということで、要は授業でやった内容と被る部分が大きかったので、例として使い易かった。

エッセイではまず、味の素の海外ビジネスの紹介をし、上記のような特徴を、実際に数カ国での販売方法など例を挙げて示し、BOPビジネスに関する学術論文から引っ張って来たセオリーやモデルを使って、味の素のビジネスモデルの利点と(わずかながら)改善の余地がある点を分析。
同じようにインプリメンテーションも分析。
お題の通り、ビジネスモデルとインプリメンテーションモデルをしっかり分けて書いた。
2,000 words は、エッセイとしてはかなり短い。特に今回のように、ビジネスを紹介しながら、理論を用いて分析なんてやっていると、すぐに2,000到達してしまう。
そこで、descriptive になりそうな箇所(特にビジネスモデルの紹介など)は、可能な限り表やチャートを用いて字数を抑えた。
味の素のウェブサイトはもちろん、決算資料や会社説明会資料、ビジネス雑誌の記事までいろいろ漁り(全て日本語。イェイ♪)、言われた通り一流マネジメントジャーナルから引用もして、なんとか収めた1,991 words。

書いている頃はちょうど東日本大震災があった最中で、心中穏やかでない上、他にも課題が集中していた時期だったので、このエッセイは正味3日で書いた。
結果はまあパス(合格ライン)は大丈夫だろうなとは思っていたが、一番の懸念は、選んだ味の素が果たして採点者にBOPビジネスと認められるのか?という点だった。
日本の事例を扱う学生は他にまずいないだろうし、元来BOPとして運営しているビジネスではないので、目新しさはあっても、もし本論からずれていると判断されたら元も子もない。
緊張しながら結果を待った。


結果は提出から4ヶ月近く経過した夏真っ盛りの頃にやって来た。
バタバタと書いた物が、なんとまさかの Distinction (優)!
LSE の課題で初めてゲットした Distinction!!

改めて、このエッセイを読み返してみると、うん、確かに良く書けている。
英語のミスが簡単にぼろぼろと見つかるものの(汗)、まあそこは大学側も目をつぶってくれているのか(あるいはこのせいで多少減点されているのか?)、読み難い文面は構成と多用した表やチャートがきちんと補ってくれている。
ビジネス自体を細かく分析できたのは、十分な資料を入手し、活用できたことが勝因だと思うので、日本語でリサーチできる日本のビジネスを選んだことが功を奏したかと思う。

あとはやはり、マネジメント学部の課題は、自分がこれまでの人生で培った経験や、もっと言うと良識に則って論じられる部分が多く、挿入できる持ちネタや論理の展開の幅が広がる。
本業(?)の環境や開発がテーマだとこうは行かない。
この程度の時間と労力の投資と心労でDistinction がもらえるのだったら、、
うーん、やはり学部間違えたか。


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2011年9月19日月曜日

ロンドン小仕事集


長い社会人生活を捨て、とりあえずロンドンにやって来たわけだが、
無収入の毎日は結構精神的にしんどいものである。

渡英直後は、何かアルバイトでもするぞと意気込んでいたものの、
いざ大学の授業が始まると、噂には聞いていたが、本当にもうそれどころではない。
もっとも、授業は適当に乗り切って試験前に一気に巻き返すぞ方式で最初から挑めば、もっといろんな課外活動ができたのだろうが。

そういうわけで、週に何日も働くようなアルバイトには手を出せなかったが、
単発の収入源を時々見つけては、小金を稼いでいた。

以下に記憶に残るいくつかを紹介する。

■ LSE Open Day の案内係
来年度、LSEへ入学を考えている学生及び父兄が訪れる、キャンパス説明会みたいなイベントで、案内をしたり質問に答えたりする係。
朝8時半から夕方4時までの拘束で、40ポンドだった。
雨の降る中、寒くてしんどかったが... 40ポンドが大金に思えた。

■ LSE Behavioural Research
LSEの中にある心理研究所みたいな施設の、いわゆる心理実験に参加するもの。
入学して間もなく、参加したい人はこちらへサインアップしてください的な名簿に、名前とメアドを残しておいた所、今年の春くらいから連絡がくるようになった。
一回目は、時間の感覚に関する実験で、心理ペーパーテストを1時間くらいやって20ポンドくらい。
一度やると間もなくまたお声がかかった。二回目は金銭感覚に関する実験で、同じくペーパーテストを1時間。
その後、一人ずつ呼ばれて、階段を使って踏み台昇降運動を行い、2分間でできた回数 x 4ペンスの報酬を出すというので、そりゃもうしゃかりきになって踏み台昇降した。
さらに、ランチとして、別室にスナックやサンドイッチが用意されており、好きな物を好きなだけお持ち帰りくださいと言われた。
夜は遅くまで図書館に居残る予定だったので、夜食にブラウニーとクッキーをごっそりペーパーに包んでいただき、さらにお昼に食べるサンドイッチも一箱いただいた。
部屋を出ようとして気がついたのが、その一部始終が全てカメラに収められていたということ。
『貪欲なアジア人、女性、30代』のサンプルとして記録されていたことは必至。
この二回目は、1時間半くらいの拘束で25ポンド&フリースナックをいただいた。


■ 美術に関するグループディスカッション
これもまた、どこかのサイトで見つけた Marketing Research に協力いただける方、みたいなのに登録したところ、紹介されてきた仕事。
学期期間中にも何度かメールで紹介があったが、時間が裂けずにパスしていた。
試験が終わって始めて参加したのが、Waterloo の Southbank Centre の一室で行われたこのグループディスカッションだった。
メールの案内に参加希望の旨を返信すると、翌朝担当者から電話があり、2、3簡単なアートに関する質問に答えた後、じゃあ明日来てくださいという運びになった。
内容がよくわからないまま出かけたが、蓋を開けると、この冬開催されるアートのイベントのポスターのデザインを決定する上で、民間の意見を募ろうというものだった。
私の他にはアートマニアっぽい主婦やら学生やらが7−8人集っていた。
適当に相槌を打つ事90分。40ポンドいただいて帰った。

■ ハイパージャパン
7月末に、日本文化の紹介および日本アニメオタクの集い的な、毎年恒例のイベントが3日に渡り開催された。
私はロンドンの日本人情報サイトで売り子のバイトを見つけ、3日間唐揚げやら弁当やらを売る仕事をした。
時給5ポンド95という最低ラインだったが、いろんな人を見られた上、店の商品は食べ放題で、なかなかおもしろかった。


と、まあ、単発の小さな仕事をあれこれ繰り返した後、今はなんとか固定収入を手に入れられる身分に昇格したわけで。

でも、せっかく脱サラしてロンドンまでやって来たのだから、日本では絶対にやらないような、すっとんきょうな仕事とかしてみたいものです。

日々とらばーゆ活動中。
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2011年6月30日木曜日

ビッグベンでの宴


6月も最終週にさしかかる頃、大学のメールに、国会議事堂で開催される「LSEインターンレセプション」へのご招待のリマインダーが届いた。
すっかり忘れていたが、しばらく前にこのイベントへのご招待が届き、なんだかよくわからないが、とりあえずパーティ、しかも国会議事堂(いわゆるビッグベン)ということで、とりあえず参加の意思表明をしていたのだった。
リマインダーが届いても、未だ何のイベントなのかわからずじまいだったが、この国会議事堂での無料のパーティにとりあえず出かけてみる事にした。

ビッグベンには観光でも入った事がなかったので、入場時は少なからず緊張した。
なんとなく正装していったものの、持っていたのはご招待のメールのプリントのみで、本当にこれで入れるのか?半信半疑だったが、ガードのおっちゃんたちがいとも簡単に入れてくれた。
入口では、手荷物検査はもちろん、空港のような身体検査と、入館証発行のための写真撮影もあった。

少し遅れて招待状に書かれた部屋まで進むと、すでに40人以上が終結しており、皆片手にドリンクを持って、恐らくMP(国会議員)と思われる男性のスピーチを聞いている最中だった。
このスピーチの内容、および後々参加者から聞いた話を元に、ようやくこのレセプションの主旨を何となく察することができた。

この会は、LSE Internship という、LSEが学生に無償で職務経験を積む機会を斡旋するスキームを利用し、国会関係の仕事を体験した学生たち、その就労先の国会関係担当者、およびLSE側のサポートスタッフの労をねぎらう為の宴だったのではないかと思われる。
確かに、私も LSE Internship を利用して、インターンを行っていた。しかし、私の就業先は国会とは全く微塵も関係のない巷のベンチャー企業...。いったい何がどう間違って私のところに招待状が届いたのかは未だに薮の中である。
参加していたLSEの学生の多くは、政治関係の専攻で、実際に国会議員のオフィスでインターンをしていたようだったが、中には私のように、関係ないのになんだかわからないけど呼ばれたので来ちゃった系のも何人かいた。

当然MPたちとの話が弾むはずもないので、いつのまにかこういう場違い組で寄り集まって、お酒とツマミをいただきながら談笑...。
今思えば、どさくさにまぎれてMPとコネでも作っときゃ良かった。が、その時は飲み食いする方が楽しくて、そんな余裕なし。

振る舞われたフィンガーフード各種

デザートも美味しいんだな、これが

2時間も経つと、いつの間にか参加者も続々と退散していたが。
残っていた顔ぶれはすっかり酔っぱらっており、そのまま二次会?もとい、誰かがその友人と待ち合わせをしていたCharing Cross 近くのワインバーまで歩き、一緒に乱入した。
ここでまた何人かLSEの学生らと談笑し、何時間が経っただろうか。
久しぶりに、かなり飲んだ...。

再び Whitehall まで一人歩いて戻り、バスに乗った。
が、いつもなら40分くらいで到着する自宅まで2時間もかかってしまったのは何故だろうか...。

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2011年6月13日月曜日

試験終了



今日で全ての試験が終了した。
思えばこの一ヶ月間、本当にまったく気持ちに余裕のない日々が続いていた。
自宅にいては気が散って勉強できないので、平日は深夜12:15まで(ナイトバスの時間)大学の図書館にいて、土日も図書館ないしは Greenwich のスタバに出かけていた。

一緒に住んでいても、起きている時間にほとんど顔を合わせる事のないパートナー...。
彼はあからさまに不満を漏らすことはなかったが、家にいてもいつも本ばかり眺めている私に苛立っていたに違いない。
これがいわゆる俗にいう「すれ違い離婚」とかに繋がる種かと思ったものだ。

試験は全部で3科目あった。
多い人は5科目受けていたりしたので、少ない方なのだが(試験がない科目を選んだので)。

うち、環境系の2科目(Sustainability と Environmental Regulations)はフルユニット(通年授業)で、カバレッジも広く、特に前期でやった部分を復習するのには苦労した。
Sustainability については、試験のひと月前くらいから、コースの連中5名程と study group を組み、週2のペースで復習の会を開いていた。ともすれば雑談に陥りがちな会合だったが、結果的にポイントを押さえたり、回答に使えそうなアイディアを得る上でこれはまあまあ役立った。他の学生の進捗具合もわかったりして。
Environmental Regulations は完全に独学での復習となった。基本的に、この科目にあまりおもしろさを覚えなかったので、勉強はひたすら『誰が何を言った』を記憶することに徹し、関連する過去の事例を付け加えて無難に回答する方針で挑んだ。

もう一つは、Population and Development という半期のみの授業。履修から半年近く経過し、内容はほぼ忘却の彼方に... しかし、試験直前に教授が『ここが出るぞ』的な復習講座をやってくれたので、終わってみれば割合楽々クリアできた。ただ、勝算があったが故、確実に得点したかったので、直前には復習にかなりの時間を裂いた。

試験は、フルユニットの2科目は3時間で3問、ハーフの科目は2時間で2問の論述式。
ほとんどが、『○○について批判的に論ぜよ』的な、どうとでも回答できそうな抽象的な問題。
とにかく、時間いっぱいひたすら書き続けなくてはならないので手が疲れる。
模擬試験や過去問もやってみたが、簡単に指にタコができた。
いざ本番の試験となると、そんなことは気にせず、何でもかんでもとにかく書きまくる(特に回答にさほど自信を持てない場合は、少しでも関連がありそうな点は挙げまくるしかない)。
終わった後は本当にぐったりである。

全科目、50点以上で pass(可)、60点以上で merit(良)、70点を超えるとdistinction(優)というグレード。数字だけ見ると、60点くらい余裕じゃん、と思われがちだが、これが結構余裕ではない。個人の向き不向きもあるのだろうが、私は社会科学の『正しい答えがない』論述が苦手で、どちらかに偏った議論になりがちなので、その点をマイナスされるのか、過去に書いたエッセイは全て60点に乗るすれすれライン。試験では、エッセイと違い、議論を裏付ける証拠や文献を新たに調べる手だてがないので、尚更低得点。模試では基本いつもpassだった。

環境系の試験は75%、Population のコースは100%、試験の成績だけでグレードが決まる。
最終的に50点を超えていれば卒業はできるが、50点台での卒業と60点台での卒業では見栄えが全然違うので、各科目総合60点は取っておきたいところ。
模試の成績からするに...う〜ん。
しかし、問題は毎回違うからポジティブサプライズに期待し、秋に出る結果を待つ。


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