2011年4月13日水曜日

インド旅行記 ③


病院の最上階の、従業員の会議室(および多目的室)横にある、ゲストルームに滞在。同じ階にある食堂で、専任の調理スタッフが、入院患者とスタッフの食事を毎食調理し提供しているようだ。我々に用意された朝食は、白い焼いていない食パンに、添加物たっぷりのイチゴジャム、ゆで卵、バナナと、玉ねぎと香草の入ったオムレツだった。オムレツのみ、しごく美味しく感じたが、他はあまり口にすることができなかった。さらにブラックコーヒーを頼んだら、ブラックティーが出てきて、これもパス。

インド3日目にしてフィールドリサーチの本格始動。朝から病院のトップに連れられて、同病院が地域の田舎の村々で開催する outreach camp に向かった。Outreach camp とは、その名の通り、病院本体から離れた地域に暮す人々にもサービスを届けるため、各村々の集会所などを利用し行ういわゆる出張眼科検診。そこで訪れた村の人々20人程のインタビューを行った。

その後、近所の盲学校を見学した。小中学生、高校生の前半くらいまでの年の頃の、目の見えない、あるいは耳の聞こえない子供たち60人程がそこで学んでいた。正直、この貧しい村で、目が不自由だったりしたらこの先どんな機会に恵まれうるのかを考えると、こちらの方が少々精神的に詰まってしまった。我々の訪問を歓迎し、何人かの子供が歌を歌った。驚く程上手だった。皆礼儀正しい。
Outreach camp が行われていた村の集会所の前の通り。噂通り牛がそこかしこに。
昼過ぎに、今度は別の村の集会所で開催されている Women's Sensitisation Camp というイベントを見学した。これは病院が開催する女性の地位向上と教育を目的とした、眼の病気(主に白内障)に関する教育イベント。ボランティアの講師がイラストと文字が並んだ、スライドならぬ大判のカレンダーのような教育マテリアルを手に持ち説明している。ただ、参加者のほとんどは文字が読めないらしく、決まった数人を当ててスライドもといマテリアルに書いてある内容を音読させていた。ここでも熱烈な歓迎を受け、花で作った首飾りをもらった。
一時間程滞在後、近くに住んでいる、少し前にこの病院で白内障手術を受けたという子供の家を訪ねた。子供の白内障も多いのは、栄養不足(特にビタミンB?)の現れである。
ようやくこの日の訪問先を全てまわり終わり、ランチタイム。最後の村と病院の間くらいにある、この病院の母体である慈善団体がメインビジネスとして運営するハンセン病のリハビリ施設を訪れ、ランチをいただいた。
改めてカシューナッツが入っていないことを確認し、生野菜以外、火の通った料理は口にした。暑いせいかあまり食欲はないが、なんとなくインド料理が食べられるような気になってきていた。
相変わらずグラスは使わず、出された冷たいミネラルウォーターを自分のペットボトルに入れて飲んだ。
ゴーヤのフライ(中央)に感動!!いやこれやかなり美味しかった。
右のせんべいみたいなのも癖になる。
ランチをいただき病院に戻ると、暑い中動き回った疲れで蒸し風呂のような部屋で1時間程昼寝した。
夕方からは病院スタッフのインタビューを開始した。久々に聞いたインド人の英語が聞き取り難いので苦労した。
病院での2度目の夜。インド人全般か、この病院の仕事のサイクルなのか、晩ご飯の時間が遅い。ランチも遅かったので困らなかったが、7時くらいからおやつを食べ、本格的に食卓につくのは10時をまわる頃。

夕方からは病院スタッフのインタビューを開始した。久々に聞いたインド人の英語が聞き取り難いので苦労した。
病院での2度目の夜。インド人全般か、この病院の仕事のサイクルなのか、晩ご飯の時間が遅い。ランチも遅かったので困らなかったが、7時くらいからおやつを食べ、本格的に食卓につくのは10時をまわる頃。こんな時間に食べたら太るよ。
この段階まで来ると、少なくとも病院の食事はカシューナッツなしで作られていると信頼できるようになり、食事の時間が楽しみになってきた。
この日の夜遅い食事は上の写真のような献立。まず、写真上中央の豆の煮込みは、辛くないカレー味で、ほぼ毎食出てくる。味がぼんやりとしていてあまり好きではなかった。左のオムレツも頻繁に登場したが、これは普通に美味しい。大皿に乗っているのはナンとタコスの皮の間の子のような包みものと、オクラとジャガイモのややカレー風味な炒め。オクラなんて普段食べないが、これは相当美味しかった。
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2011年4月12日火曜日

インド旅行記 ②



7時間のドライブ。
一夜明けた。ホテルの朝食は基本インド料理中心だった。日頃朝からカレーを食べる事に抵抗はないが、インドカレーとなると勝手が違うのでパス。フルーツ等もあったが、確実に火が通ったものを求め、目の前で焼いてくれるオムレツを食べた。
コーヒーを頼むと、有無を言わさずミルクと砂糖たっぷりの甘ったるいカフェオレが出て来た。実際にはホットミルクにネスカフェの粉末を溶かし、さらに砂糖を投入しているのではないかと思われる。インドではコーヒー=これのようだ。ブラックコーヒーは、Black coffee, no milk, no sugar と強調しないと出て来ないということが3日目くらいにわかった。
Bhubaneswar から我々の最終目的地である Sonepur という町にある病院までは、車で7時間程度と聞いていた。年のために前日、ホテルと同じ通りにある薬局で酔い止め薬を買った。二錠で6ルピー(15円くらいか?)だった。朝8時半に病院を運営する団体の車が我々を拾いにやって来た。通勤の車、バイク、人間が溢れるバスを横目に高速道路のような道を少し走り、昨日ミーティングしたMを拾って車内は運転手含め5人になった。
さらに少し走ると、休憩を兼ねてMが自宅に我々を招いてくれた。Mの家は門や庭こそないが、石造りで、車窓から見えた家々と比べてかなり大きく思われた。三世代同居のようで、部屋数もかなりあった。どの部屋にもドアはない。
広めの廊下のような空間に通され、椅子を用意されて座った。間もなくMの次男(大学生)がお茶とお菓子を持ってやって来た。お茶は例の甘いコーヒー。お菓子は自家製のようで、チーズケーキのように形が整ったライスプディングのように見受けられた。材料がわからないので手を付けたくなかったが、それも失礼かと思い、二切れのうち一つの隅っこ5ミリくらいを削って口元まで持って行った。さらに思い切って口にも入れてみた。カシューは入っていない様子だが、いずれにしてもスパイスが口に合わず、結局それ以上は手を付けられなかった。『アレルギーがあるので』と言い訳したが、少々罪悪感。
他のインド人に違わず、Mの次男もまた人懐っこいというか、お菓子を持って来たまま去ろうとせずにその場に残り、訛りのキツい英語で我々女子3人と会話を楽しんでいた。(私はこのお菓子との攻防で会話を楽しむ余裕はなかったが)
休憩後は長いドライブに入った。道中、何もない道を通ってはちょっとした繁華街(200メートルあるかないかといった規模だが)を通り向けた。これがいわゆる地方の村々の中心地なのか。驚いたのは、こうした村の商店街の各所に TATA DoCoMo という看板を見つけたことだ。TATA はインドのいわゆるなんでも商社であるという認識があったが、DoCoMo はあの日本のNTTドコモ?インドで携帯サービスを提供しているなんて知らないが、TATA と提携しているのか。(後で調べたらやはり日本のドコモが加担しているようだった)
途中、両側は草むらしかないような道路の脇のブッシュでトイレ休憩を経て、夕方4時前にようやく目的地の病院に到着した。想像していた通り、何もない所に突如作られた病院といった印象だ。
我々が車から降りると、日曜の午後にも関わらず病院スタッフが総出で迎えてくれた。手作りの花束と共に。
病院は3階建てで、最上階のゲストルームにフィンランド人のTと私、一階の本来患者用の個室に L が泊ることになっていた。我々の部屋にはベッドが2つ、天井にファンがあり、バスルームに洗面台とトイレとシャワー、ではなく、トイレはあるがシャワーはなかった。代わりに普通の水道の蛇口が壁に付いており、床には大きなバケツと小さなバケツが1つずつ。前夜ホテルのシャワーで見かけたものと同じセットだった。大きなバケツに水を貯め、小さなバケツでくみ出して水浴びをするということか、とようやく察しがついた。
間もなく遅いランチが用意された。病院には事前に私のカシューアレルギーは伝えられていたようで、心配無用と言われたが、やはり心配だった。出て来た料理はやはりカレーが3〜4種類。カレーはもとより、まずは食器の衛生面がまず心配だった。生水を飲むなと言われているのに、これらの食器類は生水で洗われており、水滴が付いている。どうやって生水を回避できようか。ミネラルウォーターが用意されていたが、このコップで飲んでは意味がないではないか。水に関しては、ロンドンから持って来たエビアンの空ボトルから飲む事に決めた。(自分ひとりだけコップを使わないという行為をさりげなくやるのに時に苦労した)
とは言っても、お皿を使わず食事はできないので、ここはもう潔く目を瞑ることにした。
インド人は、噂通り手で食事をしていた。我々が外国人だからか、スプーンとフォークも用意してくれた。インドに数ヶ月暮らしているL は慣れているのか、問題なく手でカレーを食べていた。T も以前にインドをバックパッカー旅行した経験も手伝ってか、抵抗なく手でカレーを食べている。液状のカレーとご飯を手で混ぜそれを口に運ぶという行為が私はどうにも受入れ難く、迷わずスプーンを使った。テーブルの下でこっそりナプキンでスプーンを拭きまくった。
全種類のカレーを口にしてみた。食べられそうだったが、一言で言って、正直どれも口に合わなかった。生野菜は最初から無視した。ドライブの疲れもあり、ご飯だけ半分くらい食べ、残りはほとんど残してしまった。
その後は病院を一周して施設を見たり、スタッフとミーティングをしたりして夜まで過ごした。時差ボケもあってか、とにかく眠くて眠くて仕方がなかった。インド人全般の夕飯の時間が遅いのか、ディナーに呼ばれたのはもう10時をまわるころだった。昼と同じようなカレーが若干バリエーションを変えて登場した。お腹が空いていたので、昼間よりはしっかり口にした。
夜になると頻繁に電気のパワーダウンがあった。その度に部屋の天井のファンも止まってしまう。30度以上ある室内で、真っ暗闇の中、そよ風も拭いて来ない部屋で、虫が飛ぶ音に怯えながら眠りにつくのは容易ではなかった。ロンドンから持って来たマイシーツにくるまって、ひたすら時間が経つのを待った。
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インド旅行記 ①

我々のプロジェクトの概要を書いておく。
インドのオリッサ州という、インドの中でも最も貧しいと言われるエリアで、最貧困層(BOP) の為の主に白内障の治療に従事する慈善団体が運営する眼科医院について。
1. この病院に昨年末、某慈善団体によるコンサルプロジェクトが新しいビジネスモデルを提案した。そのモデルが病院、および地域社会にもたらす影響の分析
2. この病院がこの地域の社会にもたらすインパクトを査定するモデルを提供する
という二点。
我々は病院を訪問し、さらに滞在させてもらい、病院の行っている色々な取り組みを視察したり、スタッフや患者にインタビューをしたり、いわゆる現場リサーチという形で乗り込んだ。
フィンランド人のT(女性)と私は、ロンドンからまずデリーへ。デリーでビザの手続きをした。
予想以上に簡単だった。入国審査のカウンターの脇に、『VISA ON ARRIVAL』なる別カウンターがあり、フィンランドと日本を含む8カ国のパスポート所持者はそのカウンターで手続きする。事前に用意しなくてはならないものはパスポートサイズの写真一枚と申請代金 USD 60のみ(ドルがなかったがその場でルピーに両替して支払い可能)。書類もその場で記入する。
(ただし、この到着時ビザ取得には回数や期間など制限があるので各自確認してください。)
デリーの空港で一晩を明かした後、さらに2時間程の空の旅を経て、Bhubaneswar という地方空港に到着。地図で言うとインドの右の上の方で、メジャーな都市で近いのはカルカッタとか。
空港でこの慈善団体の眼科病院プロジェクトの責任者M(インド人)と、昨年ビジネスモデルを提供した別団体のインドコーディネーターL(イギリス人)に迎えられる。Lは昨年LSEを卒業したまだ若い女性で、卒業後インドへ長期滞在しようとやって来たところ、今の仕事にありついたらしい。
空港から15分程度の街のホテルに案内されチェックイン。これらの手配も既に恐らくLが済ませていてくれたようだ。
到着するなり荷物を置いて、ホテルのロビーでM、L、Tと4人でミーティング。今回のプロジェクトと我々の滞在目的などについて改めて話し合った。
正直なところ、渡航が急に決定したこともあり、私の本プロジェクトに関する知識および取り組みは中途半端で、この会合でようやく全体像が見えて来たといった感じだった。
事前にMやLはじめ現地の担当者と連絡を取ることもしていなかった為、前知識ほとんどなく(多少はあったがかなり表面的)、いきなり現場に乗り込んだと言っても過言ではない。
ここで一泊し、明日は揃って朝から眼科病院のある地方の町へ車で移動する。
余力を残す為に夕方を前に1時間程でミーティングを切り上げた。
Mは去り、残った我々女子3人はホテルの前の道をさらっと視察した後、これから一週間の病院生活への出陣式として館内のバーでビールで乾杯した。
その後、ホテル内のレストランで食事をした。
元来私はインドカレーが大好きだった。しかし6~7年前、東京のインド料理レストランで野菜カレーを頼み、一口食べて全身の痒み、発熱、さらに窒息と進行する症状に見舞われ、数時間のたうちまわった挙げ句、最後は病院送り、注射と点滴を受けてようやく回復した、という体験を二度もした。一度目はたまたま当たったと思い深く考えていなかったが、二度目となるともう原因がカレーにあることは明白。以来、インド料理を口にすることはなかった。
よって、インドに来る上での最大の懸念は食事だった。自覚しているアレルギーはカシューナッツ(上記と同様の災難に見舞われた経験有り)のみで、インド野菜カレー事件は果たしてカシューが入っていたためか、それともインドのスパイスの何かがまずいのか、原因究明できていない。皮膚科でアレルギーテストをリクエストした際にはナンダカンダ理由をつけて断られた。
よって、今回インド渡航時も『インド料理は避ける』という無謀な目標を立てていた。
初日のディナーは、TとLがナントカというインド伝統料理みたいなのを頼む中、私一人 Western Menu の項目から、チキンの丸焼きとマッシュポテトを頼んだ。期待していなかったがとても美味しかった。
部屋は、インドから想像していたものとはほど遠く、モダンで清潔だった。シャワーに大きなバケツと小さなバケツが2つあったが、使い方がわからず無視した。心配していたトイレットペーパーも、少ないがあった。外は暑い(到着時37度)が室内は冷房が強過ぎ、結局切って寝ることにした。
テレビをつけてみた。英語のチャンネルがあるだろうと踏んでいたが、ほとんどがインド現地語の放送ばかり。いかにもインド的なお祭り騒ぎ系のドラマもやっていたが、ようやく見つけた英語放送の Bloomberg UTV を見て過ごした。
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インド訪問


先週一週間、インドを訪問していた。
正確には先々週から全行程約10日間の旅だった。
目的は、このブログにも度々登場してきた BOP ビジネスのコースのプロジェクトの為のフィールドリサーチ。
全8人のチームで取り組んでいるのだが、うち2人分の旅費が大学を通じて負担されるというなんという気前の良さだマネジメント学部は。(自分の所属する地理&環境学部では考え難い)
当初、私はインド行きを名乗り出てはいなかった。
だってインドカレーアレルギーだし、ヨガもやってないし、牛肉大好きだし、インドという国に正直特に何も魅力を感じない。他に行きたそうなメンバーもいたしね。
ところが旅程がなかなか固まらない中、名乗り出ておきながら急に行けなくなったと言い出す全くふざけた無責任なやつらや、本当か嘘か全財産をすられて金がなく行けなくなったなどと抜かし出す輩が出て来た。行くメンバーも決まらなければビザやら何やら手続きにも時間がかかる。我々のチームのフィールドリサーチは計画倒れに陥りそうな様相を呈していた。
そこでひとり行く気満々だった学生が調べたところ、『フィンランド人、日本人およびその他数カ国(主にアジア)のパスポートはインド到着時にビザを申請・取得できる』という情報を仕入れて来た。
外交に関してどうこう言う場ではないが、チームのメンバーを見渡すと、半分は中国人(何処にせよビザ取得は厄介な作業)、あとは財産をなくしたアメリカ人ともうひとりイギリス人(インドとの関係を考えると不思議だがイギリス人は事前にビザを申請しなくてはならない)、プラスフィンランド人と日本人という構成。
これはフィンランドと日本に白羽の矢が立つ... ではないが、行けと言うことなのかなという気すらしてきた。
自分がインドに行くということを知ったのが一週間前、航空券が手配されたのが出発前々日、前日にビザ申請の為のパスポート写真を撮り(到着時の申請については実際若干懐疑的だった)、マラリアの薬を調達し、急遽夏服を数着購入。
どたばたの状態で、一週間しか暮らしていない新居に同居のパートナーとペット計3人を置いて行くこととなった。
エアインディアの機内食。やっぱりカレー。
つづく


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2011年4月5日火曜日

新居 -2


かねてよりロンドンでの引っ越し話には触れているが、新居について少し詳しく書いてみる。

Deptford Bridge は、地図上ではロンドンの中心部から天文台のある Greenwich へ向かう途中、限りなくGreenwich に近い所に位置する。
実際、Greenwich のタウンセンターまでは、まっすぐな道を歩いて10分。
同じく郊外の街 Lewisham にもほど近い。こちらは歩いた事はないが、家の前からGreenwich とは別の方向へ延びる道を進めば15-20分程度で着くのではないか。
Deptford Bridge それ自体は大きな街ではなく、どこにでもある High Street というちょっと栄えた道が一本ある程度。郊外の大きな街への分岐点に位置するといった所か。
うちの住所が Greenwich に属するのか Lewisham に属するのかは未だ判断がつかない。

家は DLR の Deptford Bridge の駅前と言って良い。ここから Canary Wharf までは一本15分。
LSE などのあるいわゆるロンドン中心部へ直で入る電車はないが、あえてランドマークを挙げるなら、ウエストミンスター寺院やリージェントストリートへはバスで一本で行ける。

Deptford Bridge は現在バリバリ開発中の新興住宅地。そこかしこに工事中の新築マンションが連立している。
我が家もそんな開発プロジェクトの一環で建てられたらしく、昔からある周囲の廃れた建物とは似つかわしくない近代的でカラフルなマンション街の一角にある。(ただし新築ではない)
新規開発らしく、建物は全部オートロック、バリアフリー(これが決め手)で、24時間コンシェルジュもいる、ジム&プール付き。敷地内にはレストランやらコンビニもある。
シドニーに住んでいた際、街に金持ち中国人が住むこんなマンションがいくつもあったが、こちらはもっぱらDockland 勤務の若いバンカーたちが入っているといったところか。

でも、これはまだまだ仮住まいよ。
ここもいい所で気に入っているけど、水辺の見える高層階に引っ越せるよう頑張ってやる!

家賃の元を取るべく、夕べは敷地内のプール(無料)に出かけてみた。
シドニーのマンションに付いていたプールに比べりゃ格段に小さいが、、独り占めできれば文句なし。
このジム&プール、朝も夜も仕事前/帰りのバンカー(と勝手に判断)で賑わっている。
私も家賃の回収共々、バンカーたちとのコネ作りに通いまくろうと思う。

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2011年4月4日月曜日

最近のまとめ


この5日ばかり、ロンドンは快晴続きで、もはや日中はコートがいらなくなった。
ロンドンは雨ばかり降っているというのが定番のイメージなのだろうが、確かに雨は多いし、降らなくても曇っていることが多い。特に冬は日が短くて参る。
しかし、ロンドンの、イギリスの春は素晴らしい。陽気で花が綺麗に咲き乱れる。
春が来る事がわかっているから暗い冬を乗り切れると言っても良い。


さて、かなり久しぶりのアップデート。
この一ヶ月、何をしていたかと言うと、新しく生活を共にするパートナーが日本からやって来て、引っ越しの手続き、日本では大地震が起こり、家族の安否を気遣いつつ期末の課題に追われながらロンドンの路上で募金活動に明け暮れ、さらに日本からVIP(というか友だち)を迎え、以前住んでいた宿を出払い一週間の仮住まい、引っ越し、そして春休みに入っても生活環境を整えるのに追われて落ち着かず...、挙げ句先週は盗難に遭った!

まとめると、かなりバタバタしていたということ。

先週新居に入居し、週末家財道具を買いそろえ、ようやく家らしくなった。
しかし未だインターネットがない上、諸事情により夕べから電気も止まってしまい、おいなんなんだこのお粗末な生活は(苦笑)。
そして今週末から突然インドに行く事になった。Business Trip というか、Academic Trip というか、後期に履修したBOP のコースの field trip で、social impact analysis を行う予定。たった一週間の滞在でどれだけ analyse できるのやら...。でも、こんな機会でもなければインドに行く事もないだろうから、少しは楽しみにしている。

ちなみに当方、インドカレーのアレルギーか、過去に二回インド料理屋の帰りに病院送りになっております。
これはもうダイエットの絶好のチャンス。

とりあえずこれからぼちぼち、ここ最近の日常を遡って横入れ(内輪語)していきます。


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Room furnishing


新居に入って一週間近くが経過。ようやくIKEAに家具の物色に出かける。

家具の少ないがらんとした空間での生活は嫌いではないが、収納場所がなくてモノが山積していること、そして何より前の住人から引き継いだベッドのマットレスが柔らか過ぎて、我々2人とも日々疲労困憊&だんだん具合も機嫌も悪くなっていく。

IKEA は例によって郊外にある。日本では割と近所の南船橋にあって便利だったが、調べた結果、今回はロンドンの北の郊外ウェンブリーの店舗へ出かけることにした。

我々の暮らす南ロンドンの Deptford Bridge からはバスを一度乗り継げば行けるのだが、実に2時間強の長旅だった。連日の疲労と寝不足(マットレスのせい)で車中も爆睡、具合も機嫌も芳しくない。到着する頃にはかなりの空腹に見舞われていたが、IKEA のレストランで食べられるものがなく、あーでもないこーでもないと揉めて更に緊迫感に拍車がかかる。

結局、IKEA の裏手にある巨大 TESCO で食べ物を買い込み、IKEA 入り口前に展示してあるアウトドアテーブルセットを食卓にピクニックしましたがなにか?

IKEA といえばいろいろと楽しいものが置いてあるので目移りするのだが、計画性命のA型と思い切り勝負のAB型が揃えば、スイスイと買物も進む。約2時間半の滞在で、必要なものは大方ゲット。もちろんマットレスも、何度も寝て硬さを確かめた。
同日着のExpress Delivery に75ポンドもかかったが、これはまあ必要経費かなとケチな私も納得。

夜9時過ぎに、デリバリーが少々遅れてやって来た。疲れてぐったりしていたが、やはり何もない部屋に家具が届くとテンション上がる。
IKEA の寝具コーナーが思いの外イケていなかったので、シーツとベッドカバーを買えなかった。そのため11時近くになって Canada Water の大型 TESCO の閉店間際に駆け込んだ。

その後3時近くまでかかって黙々と家具を組み立てる。何処に残っていたのだそんなエネルギーが(笑)。

堅いマットレスで久しぶりに眠れた後に見た部屋は、前の日と比べ格段に家っぽくなっていた。
ひとり暮らし(正確には実家以外での生活、基本他人と同居)は初めてではないが、これまでは家具付きの部屋を前提で借りていたので、自分の好みで家具を揃えるのは初めて。しかもそれがロンドンなのが嬉しい。


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